嘘 その2

朝出かけようとしたら土砂降りになった。軟弱な僕は、「傘があるんだから早く行きなさいよ」と言う奥さんの声を無視して、(いや、もう少し待ってみる)と言って自室に入った。2,3メールをして、小止みになったので家を出て11時40分ごろ事務所に着いた。昨日土曜日も朝早く出かけ午前様になった。今日も恐らくそうなるだろう。福島から知人が上京しており、食事でもってことになりそうだし、そのほかにも予定がある。

事務所も思いがけず新規の依頼が重なり急に忙しくなった。今日も朝早くから2箇所の現場で張り込みをしている。本当に因果な商売である。さて、あの女医さんとはどうなったかな。

嘘 その2

弁護士が去った後、何処から何を話していいものか迷っている風の依頼人に対し、(先生は、婚約者の調査っておっしゃっていましたが、何か気になることがあるんですか)と、聞いてみた。すると、依頼人は少し笑いながら、「私の思い過ごしだとは思うんですが、彼のほうが結婚に乗り気ではないような気がして」と言う。(そうですか、じゃあどんな調査になるんだろう。彼の人となりは分かっているんでしょうね。そうすると、日常の行動かな)と聞くと、「いえ、ほとんど知らないんです。」と応える。(でも、お名前や住所、職業等は分かっているんでしょ)と言うと、「ええ、まあ」と曖昧である。

結婚をしようとしている相手だから、当然深い関係にもなっているんだろう。それなのに、名前と生年月日、出身校は聞いているが、住んでいるところも知らないし、勤務先も分からない。サラリーマンのようだが、名刺も貰っていないという。僕は、良く、(専門バカ)というが、本当に世事に疎いんだな。と、思ったが口に出さず、(では、ご存知のことを教えてください)と言って、「土門明」というらしい名前、生年月日、出身校が慶應義塾大学であるという3つの個人情報を聞き出した。

(身元調査の場合、住所が分からなければ着手できません。ただ、幸い出身校と生年月日が分かってらっしゃいますので、彼の住所は何とか割り出せるでしょう。でも、ちょっと余計に費用がかかりますよ)と言って、本件を(特殊実態調査)として受件した。

依頼人の女医さんは静岡県の出身。現在沼津の総合病院に勤務しているらしい。では、なぜ東京に住むサラリーマンとの交際が始まったのか。僕は敢えて聞かなかった。容貌もごく普通で、決して社交的ではない感じの女性である。仮に、誰かの紹介ならば、これほど相手に対する情報が乏しいことは無い。恐らく、今流行の(出会い系サイト)か、得体の知れない合コンで知り合ったのだろう。異性との交流が少なく、しかも、結婚願望の強い女性の陥りやすいパターンだろうと思った。僕は、悪い癖で、(調査の結果は、何となく想像できますが、貴女の意に反するものになるでしょう。それでも大丈夫ですか)などと、余計なことを言って、弁護士事務所を後にした。

調査は大いに難航した。驚いたことに、名前と生年月日で検索しても(探偵社は、特殊ルートで、これだけの情報で住所ぐらいは判明する)該当なし。出身校の資料にも当該人物にヒットしない。お手上げである。この時点で、調査をする必要も意味も無い。配偶者としてNOの結果である。仮に、自分自身や自分の子供の相手であれば、交際そのものを中止するだろう。しかし、それでは商売にならない。僕は依頼人に連絡をしてもう一度会うことにした。-------