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嘘 その8

そのあと、依頼人は自分の生い立ちや、家庭環境、1年前実父を亡くしてから母親との関係がいっそう悪化したこと等饒舌に話してくれた。実父は、依頼人が医者になったことを大層喜び、かなりのものを生前贈与の形で残してくれたらしい。したがって、まだ若く、しかも医師としての将来も確立されているうえに、資産家でもある。僕は聞いていて、(随分恵まれた人だな)と思った。そんな依頼人が唯一つ叶わないことがあった。(恋人が...

嘘 その7

1週間もするとマルヒの出身校他の確認も取れた。慶應義塾大学ボート部は、S大学で部活なし、卒業後すぐに本部の職員として採用され、将来を嘱望される青年部の幹部候補生の一人であった。驚いたことに、氏名は全く違っており、本名と偽名の土門明に共通する部分は欠片もなかった。勿論生年月日も違っており、したがって、干支も異なる。ということは、どんなに親密になろうともマルヒは依頼人と正式に婚姻する気持ちはなかったこ...

嘘 その6

昨日は、、前日漫画喫茶なんかで夜明かししたので疲れたのだろうか、早退したのかもしれないし、勤務形態が不規則なのかもしれない。彼があの日出社したのは新聞社である。或いは、(記者)か、広告取りの営業ということも考えられる。記者なら勿論のこと、営業マンでも訪問先で時間をとられ直帰する場合もあるだろう。僕は色んな場面を想定してみる。 チーフの勇一が「今日は少し早めに行ってみます」と言うので(うん、そ...

嘘 その5

翌日、、事務所に行くと昨日のスタッフは誰一人来ていない。あれぇ徹夜になったのかな?と思っていたら依頼人からメールが届いた「昨日は遅くなってすみません。私たちは11時頃新橋駅で男性と別れましたが、二人はまだ何処かで飲むような話をしていました」と言う。その後どうなったか分からないが、それから飲みにに行けば終電に間に合わなくなる可能性が高い。(まかれたかな)と嫌な予感がした。 昼過ぎにチーフの勇一...

嘘 その4

一昨日に続き昨日も朝6時起きになった。手早く朝食を済ませ、さあ、出かけよう。と、思っていたら依頼人から「母は足が悪いのでタクシーを使うかもしれません」と、連絡が来た。本日の調査は、若い調査員二人に任せるが、対象者を知っているのが僕だけなので、(本人特定)だけ僕がやることにしていた。車両の用意をしたかな?と思い、調査員のS君に連絡すると「いいえ」と言う。自宅のそばに駅があるので、多分電車を利用するだ...

嘘 その3

暇な事務所も1年に1回ぐらい忙しくなることがある。特に業績的に好調ということはないが、例え、10万円の依頼案件でも決して疎かにしないのが事務所のスタンスであり、僕のポリシーである。また、ご依頼人が何も言わなくても、僕自身満足しなければ何度でもやり直す。仕事で悔いは残したくない。 調査員たちは、数箇所の現場で張り込みを行っている。僕は今日、多少でも彼らの助けになればと、早朝から某所で張り込んだ...

嘘 その2

朝出かけようとしたら土砂降りになった。軟弱な僕は、「傘があるんだから早く行きなさいよ」と言う奥さんの声を無視して、(いや、もう少し待ってみる)と言って自室に入った。2,3メールをして、小止みになったので家を出て11時40分ごろ事務所に着いた。昨日土曜日も朝早く出かけ午前様になった。今日も恐らくそうなるだろう。福島から知人が上京しており、食事でもってことになりそうだし、そのほかにも予定がある。 ...

嘘 その1

昭和26年4月、山口県豊浦町の小学校に入学した僕は、数年前に「修身」と言う表現は消えたものの、必修科目に「道徳の時間」というのがあり、礼節や修養などの精神鍛錬を受けた。そんな教えの中に、(嘘つきは泥棒の始まり)があり、僕など、嘘が悪いことは理解できたが、(泥棒の始まり)と言う意味がどうしても分からなかった。当時も今も、僕の田舎で、例え留守にしても鍵をかける家など一軒もなかった。したがって、(泥棒さ...