暇な事務所も1年に1回ぐらい忙しくなることがある。特に業績的に好調ということはないが、例え、10万円の依頼案件でも決して疎かにしないのが事務所のスタンスであり、僕のポリシーである。また、ご依頼人が何も言わなくても、僕自身満足しなければ何度でもやり直す。仕事で悔いは残したくない。
調査員たちは、数箇所の現場で張り込みを行っている。僕は今日、多少でも彼らの助けになればと、早朝から某所で張り込んだ。07時18分八王子のマルヒ宅付近に到着、直ちに張り込みを開始する。古い建売住宅の一軒。こじんまりとした木造2階建の家屋全体を草が覆っている。とても人が暮らしているようには思えないが、玄関の門燈が薄っすら点いており人の気配もする。09時を回った時、新宿で張り込み中の調査員から「室内の明かりが点き本人が確認できました」との連絡が入った。僕が来るのが遅かったのかな?と思ったが、調査員は「事務所に泊まっていたんじゃないですか」と言う。
そうかもしれない。と考え、後でそっちに行くから頼むよ。と言って、一旦帰宅した。
嘘 その3
依頼人に上京してもらい、有楽町のいとしあの中にある喫茶店で落ちあった。相変わらず地味な服装で化粧もしていない。全体におっとりした感じで、知的ではあるが華が感じられない。でもまあそんなことはあまり関係ない。と思い直し、本題に入る。(崎山さんから頂いた情報では何も出てきません。彼の言っていることは全部嘘ではないだろうか)と言って、依頼人の反応を観察した。「名前も年齢も出身校もですか」と言って驚いたような顔をする。(残念ながら。ただ、人は丸っきりの嘘はなかなかつけないものだから、もしかしたら、土門が嘉門だったり、かもしれませんね。)さらに続けて(大学はともかく、高校を聞いていませんか。或いは、実家とか、家族のこと等)「いいえ、あ、そうだ。ホテルで彼が上着を脱いだ時、名刺が数枚こぼれ落ちてきて、私が拾って彼に渡したことがあります。名前が違っていたので気にもしませんでしたが、同じ名前の名刺をどうして沢山持っているのだろう。と思った記憶があります)
しかし、依頼人はそのことを男に確かめるようなことはしなかった。それよりも、久しぶりに会って、他の会話が弾み至福の数時間を過ごした。
(事務所でもあらゆる手段を講じましたが、ヒットしませんでした。やはり最初に申し上げたように一度彼に会ってください。その後を尾行して自宅を確認しましょう)と提案し、依頼人も快く承諾した。そんな打ち合わせをしている最中、嬉しそうな顔をした依頼人が「彼からメールが来ました。」と言って、携帯電話を僕に見せる。近じか自分の友人を交えて食事がしたい。ついては、貴女のお友達でお医者さんをしている女性も誘って4人で。といった内容だった。男のほうから、なるべく早く。というので、依頼人は友達の女医に連絡をし、承諾を得て、彼らと明後日の夕刻有楽町で会う段取りをつけてくれた。
余談だが、その友人の女医さんも結婚願望が強く、二人で相談しながら合コンに出席しているらしい。
その日がやって来た。依頼人と僕は緊密に連絡を取り合い、万全の体制で調査に臨んだ。(よし、面白そうだから俺も見てやろう)久しぶりに好奇心を覚え、日本橋にあるレストランに向かった。「私が彼の前に座ります」と言っていた通り、依頼人の前の席に、虫も殺せぬような優男が座った。-------