詐欺 その2

自分の子飼いの社員が紹介した人物を前にして良く言ったものである。ブローカー氏は曖昧に笑い、僕は口元だけで柔和を装った。ただ、(こいつは馬鹿な奴だな)と思った僕は、今後の展開を想像し、(御し易い)と感じていた。少しでも常識をわきまえている者なら、部下が返答に困るような質問はしないだろうし、紹介された者のプライドも斟酌するだろう。こいつは馬鹿だ。と思った第一印象は本件を終えるまで拭い去られることなく、あれから15年経った今でも観念的に僕の中で生き続けている。

平成三年、主犯の赤岡明則が潜伏先のタイで逮捕されてから、他のグループが犯した同様の事件も発覚し、連日それに関連するニュースで賑わった。しかし、僕はそれらのことに関心を持たず、(自分には全く関係のない出来事であり、数千億という金額にも縁のないもの)と、思っていた。したがって、ブローカ氏から「例の事件の主犯が依頼人になる」と聞かされても、小菅(東京拘置所)に入っている奴がどんなことを調べたいんだろう?程度に考え、どうせ大した仕事にはならないだろう。と思いながらついてきただけである。

三白眼の最初の依頼は所在調査だった。前述のように、タイから護送され、日本の領空で逮捕された赤岡は、「自分は知らないこと」と否認したまま起訴され今日に至っていた。したがって、親族や一般のものは面会も出来ない。最初は、大型詐欺事件の舞台に利用されたT銀行の支店のある所轄の留置所にいたらしいが、共犯者が多くなり、分散する意味で拘置所に移監されたものである。僕自身も数ヶ月前まで居た所なので、何となくその辺の事情は判った。当時、赤岡には全員裁判官上がりの弁護士が6人付き、大弁護団が結成されていた。

最初に100万円をポンとよこし、ある人物の所在調査を頼んできた三白眼は、その後、僕が請求する金額を吟味せず気持ちよく支払ってくれた。間もなく判ったことだが、三白眼をはじめ、赤岡が詐欺った数千億円に群がる得体の知れない男たちは、世田谷区成城の豪邸に合宿し、夜な夜な銀座や歌舞伎町に繰り出し豪遊していた。僕は、ある時、三白眼に「集金に来い」と言われ、彼らの言う(成城サティアン)を訪問して驚いた。広い庭にはベンツ数台の他、赤岡が好んで乗るロールスロイスなどが駐められており、建物は何度行っても迷ってしまうぐらい広く、エレベーターまで付いていた。応接室(客間と言うべきか)も、小さな結婚披露宴なら出来るぐらいの規模だった。

そんな最中、平成6年12月、大弁護団の活躍の賜物か、赤岡明則が5億円の保釈金を積んで出所してきた。否認し続ける主犯がーーーーーーー