犬鳴探偵事務所 46

探偵日記 5月9日木曜日晴れ

GWの疲れが取れないのに、昨日もゴルフだった。そして今日は、依頼人の希望で、朝9時、調査の打ち合わせのため自宅を訪問。疲れる話を聞いた。正午近く事務所に戻って、明日弁護士事務所で行う予定の報告書を作成。机の横にベッドがあればすぐにでも眠れるぐらい疲労した。それでも、タイちゃんは容赦ない。5時前から散歩をねだり僕の部屋のドアをガリガリして催促する。ゴルフも麻雀もお酒もペットも無い国に行きたい。勿論お金も要らない条件で。

犬鳴探偵事務所 46

大騒ぎしたSグループの仕事も一段落し、元の貧乏探偵事務所に戻って束の間の静寂が訪れた。相変らず井口夫人は三日にあげず事務所に来て、犬鳴の居ない時は事務の女の子や、もう井口係みたいになった調査員の和久田らと楽しそうにお喋りしてゆく。犬鳴も週一回ぐらいはお付き合いするのだが、そんなときの夫人は子供みたいにはしゃいで、お店でもワンちゃんワンちゃんと言ってまとわりつく。周囲はそんな二人を見て下衆の勘繰りをするが、清い関係の二人は堂々と振舞う。

「ねえワンちゃん最近暇なの?」或る日、行きつけの居酒屋で夫人が聞いてきた。犬鳴は、(いやそれほどでもないよ。まあどうにかこうにか食いつなげてるよ)と応える。「実はさ~私の友達で、田園調布に住んでいる人がいるんだけどご主人のことで悩んでいるのよね~ワンちゃん一度相談に乗ってあげてくれない」と、井口夫人。(あ、そお~勿論大歓迎だけど、おっととは何してるの?)と聞くと、「小さな会社をやってるの」と言う。じゃあ。ということになり、夫人が友人に電話をかけて面談の日時が決まった。そんな時の井口夫人は手際が良くテキパキと用件を済ませる。

事務所に来るのは嫌だと言う依頼人の要望で、伊勢丹7階にある「吉兆」でランチしながら話を聞くことになった。勿論井口夫人も同席した。二人は学生時代からの仲良しらしく、犬鳴の存在を忘れたかのように昔話に花を咲かせている。聞いてみると、昨日も一昨日も電話でお喋りしたらしい。よくそんなに話すことが有るもんだと思ったが、暫く黙って聞いていた。30分もしただろうか、依頼人がハッとしたように犬鳴を見て「ごめんなさい話に夢中になって」と言い、やっと本題に入った。

井口夫人の親友という婦人は山形さんという。彼女の相談はご他聞に漏れず夫の浮気だったが、話を聞いてみて、犬鳴はおオヤっと思った。ほとんどの場合、配偶者である妻の疑惑は探偵の琴線に触れるものだが、山形夫人の(夫が変)という説明は脈絡が無くすっきりと頷けなかった。彼女の夫は、井口夫人のいう小さな会社の経営者ではなく、「歯科医」で、依頼人曰く(高名)な歯科医だという。医院を経営する傍ら、地方の大学等から講師に招かれることが多いらしい。(じゃあ、遠距離交際でしょうか)犬鳴が聞くと「そんな時間はないから近くの女性だ」と言い張る。

井口夫人が前もって、(調査費用は高額になる)と、前宣伝をしてくれているし(やってみなければ分らない)と思い、早速調査に取り掛かることにした。しかし、案の定というか調査は遅々として進まず、状況はシロだった。----------