探偵日記 5月7日火曜日晴れ、風強し
久しぶりの事務所。所員は変わらず元気に調査に出ている。正午、残っている調査員とランチをする。田舎も良いがやっぱり僕は東京が好きだ。ほどほどの喧騒とカラフルな街並み、すれ違う女性もみんな綺麗だ。今日は昔懐かしい「中本」で、タンメンを食べる。
GWの疲れがだいぶん残っている感じで、デスクに向かっても気合が入らないが、10日に報告予定の不倫調査の報告書をまとめる。山口で6回ゴルフをしたが、明日も阿佐ヶ谷のコンペ(ニ水会)がある。ちょっとやりすぎで体が重い。果たしてどんなスコアになるか?
犬鳴探偵事務所 45
柔和な表情を崩さず言った河合のひと言でその場が氷ついたようになった。犬鳴も全身に電流が走ったような感じで緊張した。ここで、もし相手が(上等やないですか、ほなら喧嘩しまひょう)とでも返したら、お互い引くに引けない状態になって、Sグループの店舗の争奪戦になるだろう。東京で、関西のヤクザ同士がドンパチすることになり、当然、犬鳴も巻き込まれることになるだろう。しかし、相手の責任者は一瞬ウッとした顔をしたが、喧嘩を受けて立つ素振りは見せず「分りました。私らはお宅と構えるつもりはおまへん。こっちの依頼人と良く相談しますさかい1日か2日時間を下さい」といって帰っていった。河合の貫録勝ちともいえるが、お互い、こんなことで組を挙げての抗争にしたくなかったのだろうか。
結局、前に述べたような玉虫色の決着となり、犬鳴の依頼人は不満を表したが、河合の言う「犬鳴さん、うちとしても、同業者が先に手を突っ込んだ米びつに、後から手を入れてあんまり無理も言えんのです」という説明で納得せざるを得なかった。
それからもオーナーと呼ばれる依頼人からは、何かと呼び出しがかかり、色んな調査をしたが、中には、こんなこと探偵社の仕事じゃあないだろう。というようなことまで引き受けた。金の亡者みたいな依頼人の女性も、爪を伸ばして来ない犬鳴を信用したようで、ある時、「顧問契約をして欲しい」と言われ、依頼人の相談に乗るだけの(顧問)になって、時々、喫茶店で会い世間話の相手をしたが、もともと気まぐれな女性のことであり数年で音信が途絶えた。それから更に数年経った或る日、日頃犬鳴探偵事務所に調査依頼をしてくれている弁護士と雑談していたら、偶然その依頼人の話題が出た。「いやあ、犬鳴くん世間には物凄い女性も居るね~実はその女性の依頼で100億円スイスの銀行に送金したんだけど、僕が見るところまだ数百億円持ってるよ」と。---------