犬鳴探偵事務所 32

探偵日記 4月11日木曜日晴れのち曇りのち雨

最近の天気予報は少しづつ狂っているようだ。朝5時25分、タイちゃんを連れて外に出ると小雨が降っている。例によって、高架下に駆け込み40分ほどで切り上げる。タイちゃんも分っているらしく、(帰ろう)と言って僕が駆け出すと一緒になって飛ぶように走り、すでに用意されているご飯に飛びつく。一日一回タイちゃん至福の時である。
昨日は10日ぶりのゴルフだった。調子は今一だったが、夜の食事会は楽しかった。そして少々飲みすぎ食べすぎて、血糖値の心配をする。
今日は、本郷のほうの弁護士事務所で打ち合わせがあり、9時過ぎに家を出る。少し早く着き過ぎたのでドトールでお茶。交際中の女性に責められているご依頼人からのメールを読む。真面目な青年社長が性悪女にひっかかり、自業自得とはいえ苦労している様は見るに忍びない。(げに恐ろしきは女なり)

犬鳴探偵事務所 32

探偵にとって(さあこれから)と勇み立ったところで調査が終了するのは、肩透かしを食ったみたいで消化不良になる。今回の案件もこれから面白くなりそうだったので、犬鳴は少なからずガッカリしたが、依頼人の指示である。探偵は、依頼されないのに勝手に調査することはほとんどない。探偵の習い性で、(もう少し)と思ってみても涙を飲む事が多い。二世議員の調査も中途半端で終わったが、着手金を含めて十分な費用を貰っていたので、と、思っていたら、バブル崩壊後、依頼人の会社もあっけなく倒産。管財人がついて破産の手続きに入ったらしい。そんな或る日、管財人の弁護士から電話があり、「某調査の着手金として、1億円が支払われているけど確かか」との問い合わせ。犬鳴は仰天した。実際の着手金は500万円だったので、どこでどうなったのか?着手金を集金してきたのは調査部長の池辺である。しかし、犬鳴は池辺に確認しなかった。勿論、彼がネコババするはずはない。と信頼していたし、9500万円もの大金を着服するほどの度胸も無いだろう。と思っていた。

それに、その会社の主だった幹部は全員塀の中に入っていた。容疑は(詐欺)で、事件の総額は2000億円だった。何と、ゴルフ場の会員権を7万9000人の人に売りつけたのである。フイクサーは、かの有名な(水野健)鶴ヶ島CCなどの経営に関わり、アメリカ西部に広大な土地と別荘を所有する、知る人ぞ知るその世界の悪い意味での超大物である。犬鳴探偵事務所の顧問先になった会社は、水野の傀儡企業で、普通、1800人の会員で開業する、18ホールのゴルフコースに、非常識な数の会員を募り莫大な利益を得ていた。これが詐欺に問われた次第で、犬鳴も朝日新聞などからインタビューを受けたりで嫌な思いをした。或る日、そんな過程で親しくなった某記者が犬鳴に耳打ちした。「犬鳴さん、ご協力頂いたお礼にと言っては何ですが、M社長の逮捕日が分りましたのでお教えします」と言って、当時、犬鳴探偵事務所の近くのマンションに潜んでいたM社長以下幹部のもとに警視庁が行く日時を教えてくれたのだ。犬鳴は、さすが朝日だな。と思ったが、すぐにM社長と会い、そのことを告げた。朝日の記者も承知していたし、だからといって逃亡する環境に無かったし、連日テレビで報道され、逃げおおせる状況でもなかった。犬鳴はM社長に(そういうことですから、ジタバタしないで行って来て下さい)と言い、M社長も「ワンちゃん有難う。出てきたら未払いの調査料必ず払うからゴメンね」と言って、某月某日、午前11時、ものものしく訪れた捜査員に連行され、桜田門の警視庁本部留置され、すぐに東京拘置所に移された。犬鳴も何度か差し入れに行ったが、結局、懲役七年の判決を受け、某刑務所送りとなった。

犬鳴は、七年じゃあ5年ぐらいで出てくるだろう。少しは隠匿しているはずだから。と、楽しみ視していたが、とうとう音沙汰は無かった。----------