探偵日記 4月25日木曜日晴れ
今朝も5時起き。朝食の後、自宅の斜め前にある動物病院にタイちゃんを連れて行き、ダニ除けの駐車を打ってもらった。明後日から山口に帰るので予防である。田舎は広々としてよいが草むらが深くダニが一杯居る。タイの犬種は、草むらや穴に顔を突っ込む習性があり危なくてしょうがない。朝出かける時彼の部屋を覗いてみると、注射のせいかぐったりしていた。病院では、注射とお薬で24000円取られる。こっちのほうがグッタリだ。
犬鳴探偵事務所 43
歌舞伎町のクラブで高柳に会い、その話をすると、「面倒ですね。向こうは折角のチャンスだから生半可では引かないでしょう」と言い、「内々で話をさせたらどうでしょう。なんなら、一旦自分は下がってもいいですよ」と言う。要するに、向こうも関東のヤクザを相手じゃあおいそれと引かないだろうから、同じ傘下の者と話をさせたら案外上手くいくんじゃあないか。というのが高柳の考えで、知人にうってつけの奴が居ると言う。当時、その団体は五代目になっていたが、その当代の出身母体がYグループと称し、100以上の組で構成されており、最も勢いのある一大勢力となっていた。今回しゃしゃり出てきた組もその一つだった。犬鳴は、まあそのほうが円満に進むだろうが、結果的に、(玉虫色の解決)にならないだろうか懸念した。要するに、依頼人の思惑と違う(なあなあ)で終わるんじゃあないかと思ったのだ。しかし、向こうが本気になったら高柳の30名足らずの兵隊では太刀打ちできない。
翌々日、犬鳴は神戸に居た。高柳の紹介でYグループの中でも、今売り出し中の人物と会うためだった。勿論、高柳も同行してくれた。高柳とその組長はムショ仲間だと言う。数年前、東京で発砲事件があったが、犯人が大日本関東軍のメンバーで、ほとんど関係なかった高柳も共同正犯として逮捕され、暫く入っていた。その際、知り合って意気投合したらしい。
高柳曰く、「ヤクザの東大出みたいな男で、ゆくゆくはかなりのところまで上るでしょう」と言う触れ込みであった。午後の新幹線で神戸に到着。早速、その事務所を訪問した。前もって知らせておいたが、(急遽、上の人とゴルフに付き合うことになって、今戻ってくる途中です)と、留守番の子分がお茶を出しながら言う。おそらく部屋住みの若衆であろう。所作がきっちりしていた。
間もなくどやどやっという感じで事務所の廊下が騒がしくなり、東大出の組長が帰ってきた。開口一番「お~涼ちゃんしばらくやね~元気にしとりましたか」と、親しみを込めた挨拶をする。高柳も如才なく応じていたが、犬鳴は少し嫌な気分になった。何がどう。ということではない。勿論高柳の推薦を疑う意味でもない。犬鳴の第六感というか、明らかに、犬鳴のような一般人とはかけ離れた思考の持ち主に思えたのだ。それも致し方のないことだろう。向こうは暦としたヤクザである。顔に刀傷もあって若い頃から喧嘩三昧でのし上がってきたのだろう。笑うと可愛いところもあるが、貫禄も凄みも高柳とは桁違いで、なるほどこの世界で出世するだろうとも思えた。犬鳴は、自分の感情は押さえて訪問した主旨を話しはじめた。
当然ながら、相手方として出てきた四国の組も良く知っており(何だそんなことか)という顔をした。犬鳴は、話の途中で、(これは名刺代わりです)と言って、300万円が入った封筒を渡した。「あ、これはご丁寧に」と軽く頭を下げる。それから、今までの経緯を分りやすく説明し、犬鳴が申し出た、全面撤退の条件について、(折半)と言ってきたことを話した。他人の店を理不尽に横取りし、返してくれ。と言ったら、半分遣せという。しかし、東大出の組長は薄く笑っただけで、何の感情も意見も言わなかった。犬鳴は、組長が(そんなものでしょう)と言ったように錯覚した。高柳は、(とにかく力ずくで取り返そう)という気持ちでいるので、(親分宜しく頼みます)などと言って、上京を促している。犬鳴は、まあ、ちょっとやらせてみるか。と思い、高柳に一任した。
東大出の組長も金脈を感じ取ったか、上機嫌で応諾し、「久しぶりやから一杯いこうやないか」と言って、犬鳴、高柳、に、向こうは組長ほか幹部と思われる4人で、神戸の町に繰り出した。犬鳴は、その夜、4人のうちの一人(河合章吾)という男に注目した。他の連中から(おじさん)と呼ばれ、組長も一目置いている感じで、何となく存在感のある人物であった。人の縁というものは不思議なもので、以来、河合章吾とは今日まで長い付き合いになった。-----------