犬鳴探偵事務所 15

探偵日記 3月19日火曜日晴れ

昨日は月一回行われるゴルフコンペ(サンサン会)の日、コースも決まっており毎回栃木県小山市にある神鳥谷(ひととのや)カントリークラブ。かって、KDDの経営だったが、数年前オリックスが買収した。僕たちは友の会という会員になり休日でも割安でプレー出来る。もう10年以上続いているので、キャディーさん達とも顔なじみでこの日を楽しみにしてくれている。レストランの人も馴れて、僕が(あれ)と言うだけで「分りました」と応じてくれる。クラブのもう一つの良さであろう。午後、少し風が出たが概ね好天で気持ちよくプレー出来た。但し、スコアのことを除けば。僕も最近絶不調で、相変わらずどうしようもないミスを重ねたが、終わってみると準優勝で、賞金5000万円をゲットした(笑)
昨夜深酒をしなかったので、6時に気持ち良く起床タイちゃんと散歩に出る。朝食後、早々に仕度をして事務所へ。

犬鳴探偵事務所 15

十和田市の工藤家は、奥入瀬に近い純農村地帯にあって、めったに訪問者も無いのだろう、陽が西に傾きかけてきた頃、庭に車が入ってきたので家族全員といって良いほどの人達が飛び出してきた。犬鳴はその中の60絡みの男性(調査をして年齢も分っているのだが、どうしても老けて見える)に対し、(突然お伺いして大変申し訳ありません。訳があて、事前にご連絡をしませんでした。実は、東京にいらっしゃるお嬢さんの件で、折り入ってお願いがあって参りました。)という趣旨のことを丁寧に伝えた。ところが、ただの田舎の農夫と思っていた工藤沙織の父親は、勘が良いというか気が利くというか、犬鳴の、たったそれだけの言葉で訪問者の用件を察したらしく、「いいから、オメエ達は家さへえってろ。」と言って、犬鳴と二人きりになってくれた。(車の中で宜しいですか)と聞くと、良いと言う。

お嬢様は元気で働いていますよ。とか、東京の生活は何かと大変だが、やっぱり若い頃は憧れるんでしょうかね~、僕なんか田舎者だからこういうところに来るとホッとします。等と当たり障りの無い会話をしながら彼を観察してみた。農家の長男として生まれ、車で10分ぐらいのところにある役所に出て、休日は畑仕事に精を出す。ほとんどその繰り返しみたいな、決まりきった生活だが、何の疑問も感じず日々満足している。他人を妬むことも謗ることもしない。律儀で、まことに好人物に見えた。犬鳴の他愛ない話に相槌を打ちながら、この、東京の男の突然の訪問の真意を測りかねているが、自分のほうから聞こうともしない。ただ、良からぬ話。ということぐらいは感じているはずだ。

犬鳴は、(工藤さん単刀直入にお話いたします。僕もお嬢さんと同じ年の娘がいますのでやりきれないのですが)と前置きをして、佐織が勤務先の医者と不倫して身ごもっていること、もう、5ヶ月を迎え堕ろすなら時間が無いこと、そして何よりも、彼女が如何に頑張っても医者の妻になれないこと、場合によっては、多額の損害賠償を請求されること、など、手短に、しかし、明確に伝えた。-----------