探偵日記 4月12日金曜日晴れ
今日は大事な依頼人との面会があり、朝食を済ませたあと、すぐに仕度をして出かけた。約束は10時だったが、9時35分に帝国ホテルに到着。12時、事務所に戻って、調査員らとランチに行く。(何がいいか)と聞くと、みんながとんかつと言う。糖尿病の僕はやれやれと思ったが多数決で仕方ない。ひれかつ定食を注文、3枚を、若い二人に1枚ずつプレゼントし、ごはんも3分の1にして無事終了。
本日は、所轄(四谷警察)の立ち入り検査がある。警視庁の発表では、すでに十数社が営業停止や廃業命令を受けている。チョとした書類の不備を指摘されてのものもあり随分厳しいなあと思うが、その法律を是非作ってくださいと言ってきた業者の一員としては忸怩たる思いである。(何か他にも隠された事情があるのでは)というのが大方の意見であり、息子や娘は、当事務所とは関係のないことだと言う。そうだと良いが。
昨日、また浮気の調査が入った。35歳の夫が(君には愛情を感じなくなった)と言い放ち4ヶ月前に家を出て行ったそうだ。以来、会社社長の夫は、生活費をまったくよこさず知らん振りを決め込んでいるらしい。世の中には誠に度胸の良い男もいるものだと感心する。4歳の可愛い子供のことはどう思っているのだろうか。僕は決して右翼ではないが、やはり戦後の教育が悪いと言わざるを得ない。
犬鳴探偵事務所 33
相変わらず浮気の調査や金銭絡みの事件が多い。時はバブルの真っ最中である。金額の規模も大きく他人事ながらため息が出る。そんな或る日、聞き覚えの無い会社から「調査依頼をしたい」という電話がかかった。初めての会社なので犬鳴が訪問した。受付の横にショーウインドーがあり、金の延べ板が数枚飾ってある。何だろう?と思いながら応接室で待っていると担当者が現われ、ある社員を調べてくれという。取り合えず30万円の着手金を貰い事務所に帰る。翌日、言い忘れたことがあるので来てくれと言われ、再び犬鳴が赴く。面談が終わった時、担当者が「えーと、本日はおいくら用意すれば良いでしょうか」と言う。エッと思ったが、犬鳴は(いいえ不要です。まだ着手していませんので)と応えると、担当者はなぜか怪訝な表情で、「ああそうですか、必要な時は何時でもおっしゃって下さい」と言う。後で聞いたところによると、犬鳴探偵事務所の前に、当時超悪徳探偵社に依頼していたらしく、その探偵社は細切れに費用の請求をしていたという。犬鳴は勿論その業者も良く知っていたが、(そんな商売の仕方もあるのか)と感心した。
調査は一般的なものではなく、極めて特殊な手法で進めたが、当然ながら、費用も嵩んだ。しかし、担当者は、犬鳴が恐る恐る差し出す請求書を、ほとんど吟味せず、金額のところだけ見て、すぐに現金払いしてくれる。バブル時期とはいえ随分おおらかな会社だな~と思い、それから頻繁に発注してくる案件をそつなくこなし次々と集金した。
しかし、それから間もなくの頃のこと、何時ものように犬鳴が集金に行くと何だか妙な雰囲気である。受付嬢もおらずシーンとしている。どうしたんだろう?と思って入り口に佇んでいると、黒いスーツ姿の男が20人ぐらい入ってゆく、するとその後から、NHKや民放のテレビ局のカメラマンや記者が続く。ここに至って犬鳴もようやく異変に気がつき、早々に退散した。
夜、自宅でテレビを見るとその会社のニュースでもちきりだった。何でも、年寄りを相手に地金を売りつけ、実物の代わりに(証書)を渡し、「近い将来必ず高騰し大儲け出来る」と言って、3000億円を集め倒産したらしい。だから、詐欺だというわけで、以来、数ヶ月に亘って世間を賑わした。最後は、その会社の代表者が隠遁していたマンションで、小窓から入ったヤクザの天誅を受け死亡するという事件で終焉した。くわばらくわばら。犬鳴は(都会は本当に怖い)としみじみ思った。---------