犬鳴探偵事務所 21

探偵日記 3月27日水曜日雨

今朝も寒い雨、タイちゃんと中央線の高架下に駆け込む。ところが、普段は雨が嫌いなはずなのにどうしても一般道に出ようとする。仕方なく少しだけ出てやるが、タイよりももっと雨の嫌いな僕はすぐにUターンして高架下へ戻る。タイが出ようとする。僕が戻ろうとする。小競り合いをして45分。本日の雨天散歩を終了する。どうして僕は雨が嫌いなんだろう。そのルーツは郷里で過ごした幼少期にある。大金持ちの一人息子(そんなわけはないか)の僕は、かなりアンバランスな育て方をされた。養母は、自分勝手に僕に接していた。自分が淋しい時は、(政(ただし)今日は雨だから学校おを休みなさい。嫌々行っても身に入らないだろう)と言って休ませた。終戦後の、しかも寒村のことである。小さな家には場違いとも思える立派な勉強机が与えられた僕は、日がなその机に座って漫画本を読んでいた。復習でもしようものなら雷りが落ちる。「学校できちんと先生の言うことを聞いていればその必要は無いだろう」というのが叔母の考えであった。しかし、本音は違っていた。退屈だから僕と遊びたいだけなのだ。だから僕は、雨の日は何もしなくて良い。と思っている。
みなさん、僕の叔母(養母)の躾は素晴らしいと思いませんか?

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彼は「ワンちゃんチャカ(ピストルのこと)手に入らないかな~」と言ったのだ。(頼む相手を間違ってるんじゃあないの)そう思った犬鳴だが、生来の見栄っ張りである。(そんなこと出来ないよ)と言えば済むが、そうは言わず、(何をするんだよ)と聞いてしまった。まさか殺人なんかしないだろう。それほどバカでもないし、経済的に逼迫している様子も見えなかった。「うん、ある家のドアに撃ち込んでやるんだ」いとも簡単に言い放つ。(何それって仕事なの)犬鳴が聞くと、「そうなんだ」と言って聞かされた説明はこうだった。
「俺の依頼人なんだけど、世田谷の大地主の資産家に後妻で入ったばあさんが居てね。最初は、自分が死んだら全部お前のものだ。って言ってたらしいけど、近くに住む長男夫婦が何かと邪魔をするらしい。」犬鳴は、もっともだと思った。聞くところによれば、女性はキャバレーのホステスをしていた時、その地主と知り合ったという。やがて訪れる莫大な相続。きっと秘かに楽しみにしていただろう。そこに、何処の馬の骨とも知れない厚化粧の年増が現われ、50パーセントを持っていかれるのだ。仮に、犬鳴だって邪魔の一つもしたくなるだろう。

でもそれと、長男のほうではなく、自分の家に深夜ピストルを撃ち込むことがどんな意味があるのか?さらに彼が説明をする。「じいさん、最初は後妻の言いなりになっていたけど、長男が調査して、後妻に男が居ることを突き止め告げ口したらしく、以来、じいさんも長男の言うことを聞くようになった。ただ、じいさん非常に怖がりだから、そんなことをされたら飛び上がって驚き自分の言うことを聞くようになる」というのが、依頼人の考えついたことらしかった。報酬は10億円という。犬鳴は、その報酬の高さにへ~と思ったが、(10億円どうして捻出するんだろう?)と質問すると、「ばあさんが相続したら払うって言ってるんだ」と言う。犬鳴は、(随分甘いな~)と思ったが、彼は全く疑問に思っていない様子で、もう10億円が入ったかのように興奮している。10億円というお金は右から左に動かせる額ではない。何しろ重量にして100キロあるのだから一人ではとても持ち運びだって出来ないのだ。少し前、犬鳴は2億円の集金をしたことがある。20キロを鞄に入れて富士銀行に駆け込んだがその重さに閉口した記憶があった。

分った。じゃあちょっと当ってみるよ。でもどうかな~。と言って彼と別れたが、はなっからそんなことをする気も無く、いってみればリップサービスである。それでも、その夜、歌舞伎町のクラブでN会系のヤクザと会った時聞いてみた。「30万円位かな、でも俺は嫌だよ出所を調べられたら3年は食っちゃうから」本物のヤクザでさえ当時は怖がったものだ。当時、警視庁は銃刀類の摘発にやっきになっていた。彼らにしても割の合わない仕事なのだ。

翌日、この頃彼とはほとんど毎日のように会っていた。(駄目だよ、ヤクザ者も怖がってさわりたがらない)と言って不首尾に終わったことを告げ、そのことを犬鳴はすぐに忘れた。

後日談、もう四半世紀(25年)前のことだから書くが、その彼曰く「いやあ、ワンちゃんすげえもんだよ。夜中にぶっ放してやったら青い光がパーッと出てさ~」と興奮冷めやらぬ感じで報告してくれた。「本物が手に入んなくてさ~、改造拳銃を何とか手に入れてやったんだけど、一発目はちゃんと撃てたのに、次の弾が出ないのさ。やっぱり本物じゃあないと駄目だね」要するに、一発撃ったら銃身が焼けて使い物にならなくなった。と言っている。恐らく近所は大騒ぎになっただろう。高級住宅街で起きた発砲事件である。当然、被害者も色々調べられたに違いない。依頼人は大丈夫なのだろうか?彼に聞いてみると「あのばあさんは大丈夫。したたかだから」さらに後日談、約束の報酬は、したたかんばあさんに、(何の事?)と惚けられ、骨折り損のくたびれもうけ。となった次第。平成14年頃だったか、彼は10億円を手にしないまま病死した。---------