見習い探偵 追加(4)
面白そうだから。という志望動機で応募する若者が後を絶たない。それはそれでいい。犬鳴はそう思っている。まあ、面白くなさそうだけど、収入が良さそうだから。何て考えて履歴書を出されても返事の仕様がない。しかし、100人採用しても、探偵に嵌って生き残るのは数名だ。大概の人は、(しんどい)と言って辞めて行く。正式に採用し始めて今日まで、何人の若者が犬鳴探偵事務所を辞めて行ったか。何度かの引越しで保存していた履歴書のファイルが紛失したため正確な数字は分らないが、これまで犬鳴が付き合った女性の数よりはうんと多いはずだ。
そんな或る日、募集広告を見たといって二十歳ちょっとの青年が事務所にきた。犬鳴が(履歴書は?)と聞くと、「今日は下見に来たので持参していない」青年は、しら~と応える。(ふざけた野郎だな)と思ったが、ちょっと面白そうだから相手をしてやることにした。大まかな経歴、といっても社会に出てまだ数年の若輩にこれといった経歴のあるはずもなく、中学卒業後、親のすねをかじって生活してきたらしかった。本人の言うことをそのまま書くと、喫茶店のボーイ、ホストクラブのホスト、いんちきなセールスマン。まあ、野良犬みたいな探偵を志望するには適当な経歴だろう。身長163センチ、病的に痩せていて薬でもやっているんじゃあないかと思うぐらいだ。ただ、顔立ちはハンサムで経歴が物語るように極めて如才ないところが犬鳴は気に入った。履歴書は無いが(採用)と決めて、(何時から来るか)と言うと、「明日からでも働きたい」と意欲的である。じゃあ。ということで、翌日から勤務することになった。
思ったとおり、小才がきいてすばしっこくホストやセールスマン時代に身についたのだろう会話も上手かった。すぐに他の調査員とも仲良くなって、あきら、あきらと可愛がられていた。遅くなったが、彼の名前は(小林旭)嘘のようだが、日活の大スターと同姓同名。これだけは運転免許証で確認したから間違いない。だから、彼はK君。もう一つ、K君はオートバイのレーサーを目指したらしく、二輪が得意で尾行要員としても重宝した。家庭は母と彼だけの母子家庭、実父は新宿では有名なヤクザだったらしいが、対抗する別の組のヤクザに自宅で刺殺されたという。その光景を「今も鮮明に記憶している」と、自慢していた。
ある時、引き受けた素行調査で判明した、マルヒの相手女性の身元調査をK君が担当することになった。数日後、K君が報告書を持ってきた。これを読んだ犬鳴は唸った。素晴らしい報告内容である。(短期間で良く調べたね)と言って褒めると、K君は少し照れくさそうに笑いながら「有難うございます」と言って帰っていった。翌日、着たきりすずめのK君に犬鳴は気に入っていたレザーのジャケットをプレゼントした。ショッキングピンクのジャケットはK君にも良く似合い、毎日着て出勤していた。
その素行調査も終え1ヶ月以上経った或る日、偶然、犬鳴自身が、そのマルヒの相手女性が住むアパートを訪問することになった。場所は新宿区百人町、大久保駅の新宿寄りの改札からほど近く、春山外科の裏手にそのアパートはある。犬鳴の目的は家主と面談するためである。(ああ、そういえばここだったな)と、先日報告した調査を思い出しながら、木造2階建てのアパートの郵便受けを見ていたら、5号室に(小林旭)と書いてあることに気づき、ハッとした犬鳴が家主に聞いてみると、K君が最近まで住んでいたことが分った。ホステスらしき女性と暮らしていたらしいが、女性が客と浮気したとかしないとかで大喧嘩の挙句出て行ったそうだ。
微に入り細にわたった女性の人物像はK君の相手女性のことだった。アパートの間取りや家賃、管理費、家主の風評まで事細かに報告出来た理由は、K君が経験したそのままを描写したにすぎない。幸い、浮気相手の女性について、その後問題にならなかったから発覚しなかったが、もしマルヒが報告書を読んだら不審に思っただろう。犬鳴は(Kは怖いな)と思ったが、Kクンのほうもなんとなく空気を感じたのか、もともと根気の無い奴だったのか、暫くして辞めていった。その後、何となく調べてみると、K君の言った話は9割がた嘘だった。
それから1年ほど経った同じ季節、駅の改札でばったりK君と会った。K君はにこやかに挨拶してきたが、ピンクのジャケットは良く似合っていた。-----------