探偵日記 5月22日水曜日晴れ
今朝は暑くて目が覚めた。4時45分散歩へ。朝食の後、早々に事務所に行く。今日18時15分、フジテレビで16時半から放映されるスーパーニュース(8チャンネル、)の中で、3年ほど前に僕の事務所で調査したことが出るらしい。内容は、依頼人の男性が悪質な結婚詐欺に遭い、1000万円騙し取られた経緯について、ドラマ仕立てでやるらしい。男性は、その結婚相談所から紹介された女性と婚約したが、氏名、年齢、職業、など全部でたらめだった。相談所を主宰する女性もしたたかで、「私が貴方の代わりに婚約指輪を安く買ってあげる」と言って、2000円ぐらいのまがい物を100万円で売り付けたのをはじめとして、新婚旅行をイタリアで、とか、ハワイで行う結婚式の費用のほか、靴代、ドレス代、花嫁のエステ費用、など次から次に要求した。男性が(変だな~)と思い始めると、婚約者の女性は、携帯電話を着信拒否にして逃げを打って来た。そうすると、主催者の女性は、「あの子はダメよ。もっと良い人を紹介する」と言って、別の女性を引き合わせお金を要求してきた。調査の結果、二人の正体が明らかとなって告発に及んだものである。(実に恐ろしきは女なり)
見習い探偵 5
T君の話。身長もあり、やや癖顔だが見ようによってはハンサムな彼も、少し前まで歌舞伎町でホストをしていたらしい。この頃、犬鳴探偵事務所は多忙を極めていたので、即決で採用した。T君はアパートも近く勤務振りも良かった。毎朝颯爽と出勤するのだが、困るのは服装だ。派手なシャツの胸元を大きく開け、多分贋物のペンダントを光らせる。色白で長髪をリーゼントにした姿は紛れも無くホストそのものであった。ただ、性格はシャイで犬鳴と対で話す時等、すっかり上がってしどろもどろになるし、顔も赤くする。でもまあ、半年もすると何となく探偵らしくなってきた。T君より2ヶ月遅れて入社した小林君と組むことが多く、東北出身で少し訛のある小林君は、T君を尊敬し、金魚のウンコみたいにくっついて行動していた。
そのころ、犬鳴探偵事務所は、向島の芸者を調査していた。主たるマルヒは某社会派の作家。勿論依頼人は作家の妻である。今思うと、芸者はなかなかいい女だったが、当時の犬鳴にはただのおばさんに見えた。二人は完全に出来ているのだがなかなか動かぬ証拠がつかめず、あの手この手で攻めていたとき、(作家と芸者が千代田区紀尾井町のホテルニューオータニで会う)情報を掴んだ。当日の朝、T君と小林君が芸者の自宅を張り込むために出かけたが、犬鳴は、T君に(十分気をつけろよ。今日は、韓国の大統領が迎賓館に泊っているから、随行員やマスコミがニューオータニにも大勢いるだろう。そうすると警備も強化されているから怪しい行動はするなよ)と注意して送り出した。「了解です」T君は元気良く言って小林少年じゃあなくて、小林君を連れて飛び出した。
正午ごろ、T君から第一報が入る。芸者が自分で車を運転して出掛けたという。新大橋通りを予想通りホテル方向に走行しているらしい。まあ、相手も車ならまかれる心配はない。犬鳴は安心して事務の高子とランチに行く。あと1時間もすれば(00号室に入りました)って報告してくるはずだ。こんな時の食事は美味しい。犬鳴は、大酒のみの高子にも勧めて昼間からビールを注文して、完全にハイテンションになって事務所に戻った。午後3時、T君からも小林君からも連絡が無い。(高ちゃんポケベル鳴らしてみて)と指示する。
5時になった。二人からは何の連絡も無い。当時はまだ携帯の無い時代である。調査員にはそれぞれポケットベルを持たせ、場合によってはトランシーバーを使うこともあった。
それから30分後とにポケベルを鳴らすが反応が無い。(どうしたんだろう?)事故ったかな。それとも変なまかれ方をして電話できないでいるのかな。犬鳴は調査員を頭ごなしに怒ることはない。T君もホスト上がりにしては変に律儀なところが有って、何はともあれ連絡をしてこないはずはない。依頼人からは「夫とあの人は会いましたか」などと聞いてくる。犬鳴はじりじりして、ビールの酔いなど吹っ飛んでしまった。
午後8時半ごろ、小林君から電話がかかった「もしもし小林です。」犬鳴は怒りを抑えて言う(どうしたんだ)小林君は今日の体験に余程驚いたのだろう標準語で話す努力もせず「あの~、先輩が捕まったんです。僕も今まで取調べを受けていました。連絡が遅くなってすみません」と言う。小林君の説明によれば、(芸者の運転する車が、赤坂方面からホテルの前を右折したところで、検問にあい、続いてT君の運転する車両が警察官に停車を命じられ免許証の提示を求められた。T君は、免許証を定期入れに入れてたらしい。警察官が定期入れの裏を見て顔色を変えたという。そして、二人は、所轄の麹町警察に連行され、T君と別々に取調べを受けた小林君がさっき釈放されたらしい。)警察を出る時、刑事らしき男が小林君に対し、「Tは暫く帰れないからって責任者に言いなさい」と言ったという。ただ、小林君の説明は不明瞭で、T君が拘束された理由は分らなかった。
翌日、顧問弁護士に問い合わせてもらったら(マリファナの所持で逮捕された)ことが判明した。結構チョイ悪の犬鳴だが、薬物には手を出さなかった。今は、糖尿病、膵臓癌、大腸癌、高血圧症、通風、などの病気を抱えクスリ漬けだが。したがって、マリファナが(大麻)であることも、普通の人が家庭で簡単に栽培できることも知らなかった。後日、T君の反省の弁を聞いた。「週刊新潮で、ハトの豆で大麻が栽培できることを知った。早速小田急デパートでハトの餌である豆を購入し、アパートの部屋で、水を入れた洗面器を置き豆を入れたら2~3日で葉が出てきた。面白くなって、たくさんの容器を置いて大麻の成長を観察していたら、枯れた葉っぱが畳に落ちたので丸めて吸ったりしたらしい。自分が栽培した大麻を記念に持つことにして、定期入れに大事に入れていた」ということだった。裁判の前、弁護士からT君の部屋の写真を見せられ驚いた。何と、T君の部屋は大麻に覆われジャングルみたいになっていた。
結局、22日泊められ100万円の保釈金で出て、1ヵ月後裁判が行われ執行猶予の判決だった。「このご恩は一生忘れません」と言っていたT君だったが、判決が出た後、小林君とともに「独立したい」と言っていとも簡単に辞めていった。あのことは、特異な経験として今でも記憶しているだろうが、犬鳴探偵事務所のことはもうすっかり忘れただろう。------