探偵日記 5月27日月曜日晴れ
今朝も早支度で外出。9時過ぎに京橋に到着。それが終わって、銀座通りをぶらつく。10時半事務所へ。今日は誰も出勤していない。1組はマルヒの勤務先を割り出す仕事で早朝から張り込んでいる。今日から金曜日までマルヒの女性を尾行しなければならない。僕も昨日、ちょっと加わって下見した。タイミング良くマルヒらしき女性ががマンションから出てきたが、調査員らは(本人ではないような気がする)と言う。僕は、90パーセントマルヒだと思った。確かに、預かった写真とはずいぶん違ったし、年齢より若くみえた。そして、その女性は、マンションの近くで待っていた60才位の男のベンツに乗って走り去った。
マルヒは、小さな貿易会社に勤務している。と依頼人には言っているらしいが、女性の住む部屋の窓は11時になって漸く開かれた。多分その時刻に起床したのだろう。そして、マルヒの職業は、これも多分だが、夜の勤務だろう。
見習い探偵 9
「探偵」この言葉の響きには興味をそそられる。もう40年以上やっている犬鳴でさえ、新聞や雑誌、またテレビ等で探偵という文字や言葉を見つけると訳もなく胸騒ぎがする。書店で表紙にこの文字があれば間違いなく購入するし、その他の本を読んでいて探偵が登場するとときめく。犬鳴が最初に、読売新聞の僅か2行の募集広告を見て(面白そうだ)と感じて応募したのと同じように、(ネットで見たんですがまだ募集してますか)という問い合わせが良くある。中には50歳を越えた男性の問い合わせもあるが、これは丁寧にお断わりする。探偵業務はハードである。経験があればまだしも、中年の未経験では耐えられないだろう。
ある時、友人の紹介で44歳の男と会った。彼が、探偵になりたい。と言ったわけではない。当面、やることが見つからないから、(まあ、探偵でもいいか)といった不純?な気持ちのように思えた。態度も横柄で、犬鳴が名刺を出したにもかかわらず自分の名刺はくれず、足を組んでの面談である。ただ、フットワークは良さそうだし。友人の「3ヶ月か半年面倒見てやってよ」という言葉で、犬鳴は承諾した。さしあたって手が足らないわけではなかったが、(まあいいか)という程度である。相手が中途半端なら受け入れるほうも無責任だ。
翌日、S君が出勤してきた。履歴書も貰っていないので口頭であれこれ聞いた。地方の高校を出たあと陸送の運転手をしたが、生来チャラチャラした人生が合っているらしく、その後、インチキ会社の営業マンを経て、今日に至っているとの由。これも後ですぐに分かったことだが、ゴルフが上手く、歌もなかなかだった。いい年をして、郷ひろみのファンで、追っかけでもあるらしい。或る日、「所長、明日の午後早退したいんですが」と言ってきた。犬鳴が(うん、構わないけど何があるの)と聞くと、S君は照れくさそうに「明日午後4時から、武道館で郷ひろみのコンサートがあるんです」と言う。(そんなこと言ってるから何時までも独りなんだよ)と思ったが勿論口にはしない。しかし、これも後で分かったことだが、S君は結構もてた。次々にガールフレンドを作って、そのたびに犬鳴に自慢する。
S君の初仕事は湘南のある都市で開業するドクターの素行調査だった。ところが、尾行初日ものの見事に失敗する。まあ、敵もさる者で、こっちが工作した尾行用発信機を見つけ、取りはずされてしまった。探偵にとって一番悪い状況に陥り、犬鳴は(いい仕事だったのになあ~)と嘆いたが、新米探偵を参加させた犬鳴にも落ち度がある。S君もしょげていたが、最初から何でもかんでも上手くいくほうが後々良くない。(失敗は成功の源、セイコウは妊娠の・・・・・)である。(笑)
結果として、S君はもとより事務所全体で努力した甲斐があって、本件は依頼人の期待通り解決した。まあ、ちょっとの間だから。と思って引き受けたS君だったが、あれからもう8年経った。今では、犬鳴探偵事務所の主要メンバーで、犬鳴も何かと相談する。調子が良くて少々パープリンなS君は、時々犬鳴のことを(ワンちゃん)と、まさか呼んだりしない。ーーーーーー