背信 その1

探偵日記 1月8日火曜日 晴れ

今朝も何時もと同じ朝。6時起床、タイちゃんと散歩に出る。この時間外に出ると身が引き締まる。1時間かけて、4000歩余りを歩き7時過ぎに帰宅。タイちゃんは足を拭いてもらうとすぐに朝ごはんに飛びつき一気に食べ終える。彼にとって、1日で最も充実した至福の時。なんとも可愛い。僕は、食事のあと仮眠して事務所へ。まだ家にいる時、弁護士と、顧問先の社長から電話。事務所に指示して家を出る。
自民党に政権が変わった途端風向きも変化したようだ。何となく街に活気が感じられる。

背信 その1

大手広告代理店のK部長から電話があり、今日仕事が終わったら相談に伺いたいという。この広告代理店は日本一、否、世界でトップの扱い高を誇る。数年前、某プロダクションが売り出そうとするタレントの周辺調査を行ったことがきっかけで、僕の会社が同社に口座を設けることが出来た。それ以来のお付き合いで、その後、同社の色んな部署から(K部長の紹介で)といって、調査依頼があり、とりあえず、これまでは大きな失敗も無く無難に推移している。僕の事務所は、9割以上が都内の法律事務所からのものだが、こうした企業数社との顧問契約もある。例えば、T電鉄やS建設等の大手から、中小企業まで、数十社のご愛顧頂いている。

午後6時半、K部長が現れた。僕は、(また何か会社の顧客に絡む事件かな)と思っていたが、同伴者がいて、「僕の学生時代の友人です」と紹介された。その男性は、「こういう者です」といって名刺をくれたが、苗字が一という漢数字の一文字で、名前は和夫。したがって、(一和夫)である。僕は、探偵になって、というより子供の頃から、地名などの固有名詞に関心があり、地図を見ることが趣味の一つである。事務所にもかなりの数の地図があるほか、例えば、(日本姓字辞典)みたいな本も数冊置いてある。松本清張の(砂の器)で、刑事が(カメダケ)を特定する場面があって、最初、犯人の言葉の訛から山形県の街を想像したが、結果として、山陰地方の(亀嵩)だった。或いは、僕の勘違いかもしれないが、江戸時代、幕府は、外様大名の勢力が増すのを防ぐため、色んな口実を設け、その所領を変えたりした。また、赤穂浪士で有名な浅野家のようにお城ごと没収したりした。この浅野家は常陸の国(今の茨城県)から移されたと聞く。したがって、兵庫県赤穂の言葉に茨城訛があるらしい。

余談が長くなったが、山陰地方の寒村に東北訛があるのもこうした事情のようである。ところで、一さんは何処のご出身なのか聞き漏らしたが、(何さん)と呼ぶのかは今でも覚えている。何だかとんちのようでもあるが(にあがり)と呼ぶそうだ。なるほど、一は二の上だと感心したことを昨日のように記憶する。

「今日は一さんの奥さんのことです。」K部長に促され、いかにも気の弱そうな一さんが重い口を開いた。「実は、結婚して20年になるんですが、女房のことで、まあ、僕の思い過ごしかもしれませんが、」といって話し始めた内容は次のようなものだった。-------