背信 その3

探偵日記 1月11日金曜日晴れ

今朝は、今冬一番の寒さのように感じた。それでも、朝の空気は心地よい。タイと一緒に1時間住宅街を歩く。我が家の近くの家の庭に(さざんか)が1本植えられている。その樹の下に円形に色づいた部分があり、その横を通るたびに、僕は何時も心を和ませる。さざんかの赤い花びらが、その樹の大きさに落ち、可愛い花びらのじゅうたんを作っている。しかし、花より団子のタイちゃんは見向きもせず走り抜ける。さすがに僕もそこでは用をさせないようにしている。東の空が色づき始める頃、散歩を終えるのだが、この1時間で、季節の移ろいを感じている。

背信 その3

その後何度も一(にあがり)さんと称す依頼人と会い、色んな話を聞くのだが、とりあえず、事実関係を把握しようということになり、、翌日から、依頼人の妻(良子)をマルヒとする素行調査を開始した。マルヒは専業主婦、依頼人は、いわゆる企業戦士と呼ばれる立場に居る人物で、当然、帰宅するのは午前様。妻の行動パターン等知る由も無い。日時は任せると言うので、午前10時に張り込みを開始した。依頼人の自宅は世田谷区駒沢、国道246号線から等々力地蔵のほうに1,5キロぐらい入った閑静な住宅地。妻の両親が1階に住む2世帯住宅、勿論僕の家よりン倍も大きく立派。正午近くに、調査員から第一報が入る。

マルヒは、洗濯などした後、駒沢公園駅近くのスーパーに買い物に出かけ、今は邸内に居る模様。(凄い美人です)調査員の仲野が羨ましそうに報告してくる。
午後2時過ぎ、宅配便が来て1階の玄関ドアで荷物を受け取る。以後、変化なし。主婦でもあり、老父母も居ることだし、夜の外出は無いだろう。と判断、20時で張り込みを解く。
依頼人は、親友に忠告される前から妻に対し不信感を抱き、妻がシャワーを使っている短い時間を利用して、何度か妻の寝室に入って手帳を盗み見し、これはと思う箇所をカメラに収めたりした。ある時、かなりの量の資料を見せられたが、それらを綿密に整理してあり、どちらかといえば大雑把でだらしない僕など感心させられたものである。しかし、と思う。一般に、組織で上に行く人達は一さんと似た人が多い。だから偉くなるともいえるが、もしこれを押し付けられたら部下はたまらないだろう。妻も然りである。

5日目、金曜日の夕方、(白いトヨタマークⅡで外出しました)調査員の藤井から報告が入る。運転しているのはベテランの仲野。彼は、若い頃長距離トラックの運転手をしていたらしく、ハンドル捌きはどうにいったもので、度胸も勘も良い。まあ彼が担当していれば大丈夫だろうと思い、(うん、分った)と返事して、次の報告を待つことにする。何となく、今日は男と会うだろうな。という予感がした。一つには、依頼人が蒐集した妻の手帳に、この日の18時の箇所に印がついていたこともある。

自宅を出たマルヒは、途中、コンビニに寄り弁当やサンドイッチ、缶ビールなどを買い、JR渋谷駅で50歳ぐらいの紳士をピックアップしたあと、駅前のビジネスホテルに入ったという。男性がフロントでキーを受け取り、午後5時46分、512号室に二人で入室。午後10時39分、ホテルを出た二人は、マルヒの車に乗って世田谷通りを用賀方面に走り、馬事公苑近くの洒落たマンションの前で、男性を下ろし、午後11時20分帰宅した。

ホテルを出たとき、マルヒの手にはコンビニの袋は無く、部屋で食べたり飲んだりしたのだろう。仲野の報告によれば(二人は馴れた感じで部屋に入り、別れるときもあっさりしたものでした。ありゃあ相当長いですね)とのこと。もう40を超え探偵歴も長い彼の見立てだから概ねそんなところだろうと思った。----------