背信 その4

探偵日記 1月13日日曜日晴れ

休日だが、床屋さんに行こうと思って11時自宅を出る。正午、行きつけの理髪店「シゲ」に着く。この店はもう10年以上通っている。夫婦で営業しているがマスターの腕前は一流との風評あり。終わって、軽くランチを済ませ事務所に。麻雀荘に行こうかと迷ったが、ブログを優先した。明日、ゴルフにでもいこうかと考えていたが、栃木県は雪マーク、怖気づいて多分行かないだろう。麻雀は明日ゆっくりやれば良い。

背信 その4

翌週の月曜日午後8時、事務所で待っていると時間ピッタリに依頼人の一(にあがり)さんがやって来た。僕は、(ご想像どおりでしたね)と言って、ホテルから出てきてマルヒの車に乗ろうとしている二人の写真を見せた。「この男がYでしょうか」依頼人は、妻の手帳に頻繁に出てくる印と、(Y)を関連付けそう言った。(多分沿うでしょうね、彼は一さんのご自宅からそう遠くないところのマンションに住んでいますが、お心辺りはございますか)と聞くと、「いえ、ありません。ただ、この写真の人物には何処かであったような気がします。或いは、妻のアルバムかもしれませんが」

このあと、さらに尾行調査を継続してくれ。と言う依頼人と(じゃあ、ちょっと飯でも食いますか)と誘い、伊勢丹近くの居酒屋に入り、打ち合わせを兼ねて歓談した。酒が入って少し興奮気味の依頼人は、「とにかく、徹底的に調べて、階下に居る妻の両親もろとも叩き出してやる」とか、「相手にも高額の慰謝料を請求する」と息巻いている。
依頼人が調査を続行してくれと言うのには訳があった。依頼人曰く「妻は腰痛もあるのですが、とにかくセックスが嫌いなんです。ですから、まあホテルに行ったことは間違いないんでしょうが、何か、例えば複雑な相談があったとか、別の理由があるのかもしれません」という次第で、必ずしも男女関係があったかどうか分らない。と言う。

聞けば、現在は専業主婦だが、何かのコンサルタントの資格を持ち、青山のほうにある派遣会社に登録しているという。結婚後も、企業に招かれ講師のような仕事をしたことがあり、最近も、1ランク上の資格を取るため通信教育で勉強をしているらしい。なるほどそういうこともあるかもしれないが、ホテルのダブルベッドの上でしなくてもいいだろう。僕はそう思ったが口には出さず(まあ、昨日はビジネスホテルですから不倫を裏付ける証拠としては、やや弱いかもしれません)と説明した。

居酒屋でこんな話も聞いた。依頼人は新婚旅行でハワイに行ったのだが、2日目の夜、とあるレストランに入り夕食を摂った。食事も進みデザートが出てきた時、妻が(ちょっとトイレに行ってきます)と言って席を立った。勿論一さんにとって初めて入った店であり、見回しても知人は居なかった。すると、店のオーナーが一さんの席に来て、「貴方達の結婚は失敗でしたね」と言ったという。「全く知らない人がそんなことを言うんです。どうしてでしょうね。」依頼人も返す言葉が見つからず、ああ、そうですか。と、間抜けな返事をしたらしい。店のオーナーから見れば、二人が新婚であることは一目瞭然だっただろう。しかし、親でも兄弟でも、ましてや親戚友人でもない他人が果たしてそんな失礼なことを言うだろうか?依頼人は、間もなくトイレから戻ってきた妻とホテルに帰ったのだが、帰国後も時々その時のことを思い出すという。

そして、まさに、オーナーの言ったとおり、一さんの結婚生活は聞くも無残な状態で、やがて破綻しようとしている。

一さんの妻(良子)を対象とした素行調査は引き続き実施され、次にマルヒが入ったホテルは新宿御苑近くのラブホテルで、相手の男性も同じであった。その後も、依頼人の求めに応じて、調査を継続したが、この間、併行してYの身元調査も行い、Yの総てと、二人の馴れ初めも判明した。マルヒの良子は奈良県の出身。県内の高校を出て、上京、専門学校を卒業後、大手企業に就職した。時は、就職氷河期で、さしたる能力も無く専門学校卒の良子が何故?その理由は、良子の素晴らしい美貌にあった。入社後、秘書課に所属。担当役員の評価も良好で、上場企業の社員たちが集うサークルに入った良子は、男性達の憧憬の的となり、(マドンナ)としてもてはやされた。

そんな良子だったが、サークル内で特定の男性と親しくなったり、そのような噂に上ることも無かった。一つには、あまりの美貌で、自信の無い男性達はしり込みしたこともあったが、それらの男性達が無責任に流布した(勤務先の役員の愛人ではないか)という風評が妨げたふしもあったようだ。結婚後、妻の機嫌のよいときを見計らって、依頼人が冗談交じりに聞いたことがったが、一笑に付されたらしい。しかし、直属の上司だったYとは入社後すぐに深い関係に陥り、以来20数年続けられていた。-----------