背信 その5

探偵日記 1月14日月曜日(祝日、成人の日)大雪

今朝も6時にタイちゃんに起こされた。しかし、外は予報どおり雨、雨の日の定番、中央線の高架下に走りこみ約40分歩く。今日は夕方から尾行調査の予定があって、朝ごはんを食べた後、少し仮眠して仕度をしようと思い窓を開けてみたら何と猛吹雪、あちゃ^と思ったが予定通り外出。「こんな日に出かけなくてもいいんじゃあない。よっぽど家にいたくないのね」と、家族に嫌味を言われながら阿佐ヶ谷駅へ。新宿駅西口のラーメン店で、お気に入りの(バーコーラーメン)を食べて事務所に来た。

それにしても、どうして肝心な日に悪天候になるのだろうか?駅で新成人の振袖姿を見ながらつくづく思う。特に、センター試験の日は悪天候の「特異日」かと思うぐらいである。僕も、長女の成人の日に、予約してあった美容院に行き、輝くように綺麗になった娘を母に見せた記憶がある。幸いこの日は好天気で、写真撮影も順調に終了したが、その娘も、もう42歳。13歳の孫がその日を迎えるのもじきである。

背信 その5

マルヒ、「一良子」の不倫相手は、年齢50歳。某大手企業に勤務するサラリーマン。人事部長の職にある。身長165センチ位、中肉で、小柄に属す。何度目かの調査のとき、僕もその男を見てみたいと思い尾行に参加した。調査員らは僕が現場に加わるのを嫌うが1年に何回かは強引に同行する。その日も、二人がホテルに入った。という報告を受け、そろそろ出てくる時間だろうと思い行って見た。まもなくホテルから出てきた二人をじっくり観察した。申し訳ないが、依頼人に勝ち目は無いと思った。良子の相手は顔立ちこそ普通だったが、体全体から醸し出される雰囲気が素晴らしかった。どっしりと落ち着いた所作に加えなんとも知的である。(こいつ、随分もてるだろうな)少々嫉妬する。

Yは、東大の法科を卒業後現在の会社に就職し、一貫して総務人事畑を歩き、典型的なエリートコースを進んでいた。その後の調査で、近々、主力の関連会社の社長に就任する目前であることも判明した。多分良子の採用が決まった時、担当者の一人でもあっただろう。それ以来の関係である。しかし、当時のYには歴とした妻があった。妻もなかなかの女性で、文部省(当時)の局長クラスの人物で、何処かの団体に出向していた。二人の間に子供は無いが、住まいのマンションもローンなしで購入しており、ゆとりのある生活を営んでいる。ただ、気になる点が一つあり、過去、二度離婚し、数ヵ月後、同じ相手と再婚した経緯があった。

ラブホテルを利用したことで、二人の不倫関係は明確に裏付けられた。調査も随分長くなりそれなりに費用も嵩んでくる。(もう、この辺でいいんじゃあないですか)と言って、調査を収束しようとする僕に対し、依頼人は、「妻がこの男と性的関係を持っているとは、どうしても信じられません。他に何らかの事情があって、やむを得ずそのような場所で会っているのではないでしょうか」と言い張る。

つい最近、小社の報告書を証拠資料にして「損害賠償請求」を求めた裁判が行われた。僕の事務所は、ホテルではなかったが、不倫カップルは極めて不適切な場所で、しかも半裸で抱き合っている写真を添付した。しかしである、裁判長は、(だからといって、直ちに二人が不倫を行っているとは言い難い)との判断を示し、判決は、原告の主張を退けたものだった。だから、この依頼人の言うことも一理はあるのかもしれないが、そんなことをいったら探偵社の仕事は出来なくなる。まさに、探偵業務を否定されたようなものだ。僕は、依頼人に(一さん、いくら探偵でもホテルの部屋に押し入って、裸で寝ている二人を確認するなんて出来ませんよ)と言うと、依頼人も「そうですよね~でも妻は本当にセックスが嫌いなんです」と言って食い下がる。

ただ、僕はある手段を思いついていた。二人が比較的良く利用するホテルを経営する会社の取締役に僕の後輩がいる。(よし、あいつに頼もう)と考えていた。ただこのことは依頼人に言わなかった。変に期待されて、(出来ませんでした)では洒落にならない。僕は、(分りました。何とか努力してみます。)と言って、依頼人を納得させたが、(但し、調査費用は少々高くなりますよ、宜しいですね)と、念押しをした。

その日、僕は、大手町にある後輩が勤務する会社の応接室に居た。「先輩お久しぶりです」と言ってにこやかに入ってきた後輩は僕の話を聞いて「え~」と言って絶句した。しかし、僕はこの後輩が承知するはずだと思っていた。(頼むよ)冗談まじりに言いながら、もう30年ぐらい前、後輩が郷里から仕送りされた生活費の一部を召し上げた日のことを思い出していた。男同士というもの、最初に決まった力関係は滅多なことでは覆せない。彼と僕の関係も死ぬまで変わらないだろう。と言っても、無理強いするわけではない。単にお願いするのである。後輩も、僕が来たからには、多少の無理は聞かなければならない。という覚悟はしているはずだ。ましてや、今日の頼みは特別なことではない。(Yの名前で予約が入るから、Yの部屋の隣室を押さえておいてくれ)というもので、彼の立場ではなんでもないことである。と、不良先輩は勝手に思っている。

最後の尾行調査の日がやって来た。(だからといって、この日二人がどのホテルを利用するかは分らない。しかし僕は、二人は必ずあのホテルを利用するはずだ)と確信していた。調査員の仲野から第一報が入る。「所長、マルヒは今車で出ました。ええ、渋谷方面に向かっています」30分後、再び仲野から電話が入る。「何時ものホテルです。マルヒはロビーのソファーで本を読んでいます」(分った)と言って、くだんの後輩に連絡する。幸い企業戦士の彼は在社していた。(おう~俺だ。今入ったから部屋番号が分ったらまた電話するから頼むよ)後輩は、「分りました。なんなら僕も行きましょうか」と言う。(ウン、それでもいいけど後で聞かせてやるよ)と返事すると、後輩は嬉しそうに、了解。と言って電話を切った。---