背信 その6

探偵日記 1月15日火曜日晴れ

昨日の天気が嘘のように晴れわたり清々しい朝を迎えた。5時30分、ちょっと早いが起きてタイちゃんの散歩に出る。一面雪道の中、轍を見つけて進む。一般道は無理。と観念したか、高架下に逃げ込む。往復3000歩を、他の犬に遭わなければいいな。と、思いながら40分後無事終了。ご飯に飛びつくタイを残し自室に。少し仮眠して朝食を頂き、事務所へ。昨日、大雪の中行った尾行調査の報告を受ける。

背信 その6

ロビーで待っているマルヒのもとに男がやってきて、言葉を交わすことも無くフロントへ。マルヒも男の後からエレベーターに乗って上階へ。この日、二人が入った部屋は1507号室。後輩から連絡があり、当方は、1508号室をチェックインする。前もって、ホテルの見取り図を入手し、右隣の部屋がベターであることを知っていた。

まず、シャワーの音が入る。テレビをつけたらしくNHKのニュースが流れ、続いて天気予報となる。(お先に)という女性の声。続いて男がシャワーを使い、数分後、静寂が訪れる。

この日二人はおよそ5時間室内に留まり、出てきたのは11時を回った頃だった。もう、相手の尾行の必要は無い。ホテルを出てマルヒの車に乗ったところを捕捉し、本日の調査を終了した。というより、この日の特殊調査で、金井良子を被調査人とする(素行調査)が完了した。調査期間は2ヶ月近くになり、この間マルヒは同じ男と十七回ホテルで逢った。一度もコーヒーを飲むことも無く、食事もしなかった。ただ、ホテルで逢ってホテルで別れる。なんか、誰かの歌とそっくりな、大人の関係。といえば聞こえはいいが、僕から見ると、なんだか虚しいデート模様だった。二人はたんに、性的欲求を満たすだけの間柄なのか、それとも、将来を誓い合っているのか長期間調査したのに僕的結論は出なかった。

数日後、事務員や、調査員が全員引き払った事務所に依頼人はやってきた。すでに総括的な報告書は終わっている。今日は先日行った特殊調査の成果品を渡し、今後、僕のほうでやることがあるようなら、改めて指示を仰ぐことになろう。2ヶ月前とはうって変わった、精気の無い表情で「どうも、ご苦労様でした」と言いながらのっそりと入ってきた。
僕も、無表情を装い、封筒に入れた成果品、1本のテープを渡し、(ちょっとレコーダーが無いので、お帰りになってお聞き下さい。)と言う。テープを聴くぐらいの備品が無いはずはないが、一緒に聞くのは避けたかった。「分りました」と言って、この日は食事に誘うことも無く帰っていった。

翌日の午後、依頼人の一さんから電話が入る。それが僕の癖で、(ああ、どうも)と言いながら電話に出ると、一さんは、自嘲気味に「福田さん、僕は倒れそうになりました」と言う。だから、言わないことは無い。ラブホテルでの密会を把握した段階で、調査を終了すれば良かったんだ。「妻はセックスが大嫌いなんです。だから」と言って調査の継続を求め、何時まで経っても承知しないから、しなくてもいい調査を実施した。その結果、取り返しのきかないほどの痛手を負ったはずだ。「今日会ってくれませんか」と言う依頼人の求めを断ることが出来ず、夕方、新宿の喫茶店で会う約束をした。-------