探偵日記 3月29日金曜日曇りのち晴れ、夕方から雨
10時過ぎに事務所に出る。早速、友人の個展にお祝いに胡蝶蘭を予約する。友人の名前は「塚越仁慈」昨年、パリで個展を開き今年帰国した。阿佐ヶ谷の大きな星の一つで、我々のアイドル(ちょっと年を食いすぎているが)である。数年前、やはりスペインで個展を開いた時等、十数人の追っかけがかの国に赴いた。勿論我が愚妻も参加した。親友のえん家のママも一緒で、パリにも同伴した。数日前にも書いたが、彼の妻はシャンソン歌手「塚越陽子」お嬢さんの華ちゃんも絵を描き始めたというから、まさに芸術一家といえる。芸術のレベルではないが、我が家も(芸)事好きの家系である。僕の父親は尺八の名手(母が言っていたので信憑性は薄いかもしれない)だったらしい。母と姉は、小唄と三味線の名取になったし、兄は本物の元、歌手。父の弟もロカビリーで、今もロスアンジェルスで弾き語りをしている。母方も錚々たる芸人が居て、母の姉は、一座を構え、戦後かなりの期間、いわゆるどさ回りを続け、浄瑠璃を極めたらしく、しまいには、山口県の(無形文化財)となり、NHKやアサヒグラフで度々紹介された。そして僕は、日本が誇る凄腕の(探偵)になった。(笑)
犬鳴探偵事務所 23
犬鳴は、自分の前に停車した車から降りて井口家の敷地内に入り、何となく周囲を気にしながら野菜畑の中を歩く男が気になり、目で追ったところ、人目を忍ぶように井口夫人と会っていることを目撃してしまった。いや、或いは、秘かに会った訳ではなく、たんに、何らかの用事で訪問し、何時ものように、何時もの場所で用件を済ませただけかもしれない。犬鳴の思い過ごしということだってある。しかし、犬鳴の、ほとんど習い性になった六感は二人の「秘密」を充分感じた。
この日、井口夫人は、何でも無い事のように、(或る女性の暮らしぶりを調べて欲しい)と言ってきた。小さな紙切れにその女性の住所と氏名が書いてある。犬鳴は一瞥して、その調査対象者(マルヒ)が誰であるかを理解した。数日前、犬鳴の車の前に、何の警戒もせず軽自動車を停め井口家を訪問した男性、その日の内に、知り合いの刑事に調べてもらい車両の所有者の住所氏名は分っていた。余談だが、当時は千円ちょっと出せば誰でも調べられたが、それは普通自動車やトラック等に限られ、なぜか軽自動車はその限りではなかった。いたがって、犬鳴も裏技を使うしかなかったのだ。その住所と、井口夫人のマルヒの住所が一致した。しかも、3年前、主婦が自殺した同じ家が。--------