探偵日記 11月18日月曜日晴れ
人の思いとは関係なく時は流れ、今年もあと40日余りとなった。金曜日、銀座のクラブに行くと「メリークリスマス」の飾りがある。(少し早すぎるんじゃあないか)少し面白無げに言うとホステスも同調してくれた。僕は昔からジングルベルを聞くようになれば今年も終わりだと思うようにしている。それでも、数年前までは、年末には比較的大きな案件が入り(これで暮れを越せる)と、胸をなでおろしたものだ。しかし、最近はとんとお呼びがかからない。それでも時間は容赦なく過ぎてゆく。それももの凄い勢いで。
昨日は阿佐ヶ谷のゴルフコンペ「サンサン会」が栃木県小山市のひととのやカントリーク倶楽部で行われた。年間の成績を決めるサーキットは僕がトップ。勿論この日も本命に近い印がついていた。終わってみれば、(ああ、あそこであのパットを決めていれば)と後悔する順位。
今日は定期検診の日、朝ご飯を食べる前に駅前のクリニックに行き、採血とオシッコを採り帰宅。診察は、採血の結果が出たあとの木曜日。この1ヶ月は摂生していないのでさぞかし悪くなっているだろう。朝ごはんを食べて外出。このところ花粉症が酷く薬では効き目が無いので、注射を打ってもらおうと渋谷のクリニックへ。駅から10分ほど歩いて到着。ところがあるべき場所にそのクリニックが見当たらない。移転したのかな?と思い診察券に書いてある電話にかけてみると(お客様のご都合により通話が出来なくなっております)とのアナウンス。考えてみれば、移転ならばその案内が出ているはずだ。仕方なく、近くの調剤薬局で聞く。「ああ、あのクリニックは廃業しましたよ」(ああそうですか、先生がお体でも悪くしたのかな)「そのようです」徒労に終わり鼻をすすりながら、とぼとぼ歩いて渋谷駅へ向かう。
七人の奇妙な男達 8
犬鳴は後でその時の顛末をKに聞いたが、訪問したサラ金業者も驚いたに違いない。在職確認をしたら、社内放送で探すような大きな研究所のはずが10坪に満たない古ぼけたビルの一室。従業員はくだんの女性一人。前日、確認の電話が怒涛のようにかかり危険を察知したNやKはパニックに陥っていた。(どうしよう)なかなか名案も浮かばないまま(とにかく、ばれた人の分だけでも大急ぎで返済し、とにかく徹底的に謝罪しよう)というのが二人が行き着いた結論だった。業者のほうは自分の所に実害が無いので、あっさり帰っていったらしい。幸いにも名前を使われた人のほうもお人よしで、土下座して(本当にすみません。子供が難病で莫大な治療費がかかりついこんなことをしてしまいました)と、泣きながら謝ると、反対に「頑張って下さい」と励まされたらしい。とにかく、突然襲った危機も何とか回避できたが、以後、Nが怖気てやる気を無くしたため、数日後、事務所をたたみ、それまで住んでいたアパートも解約し夜逃げした。
犬鳴は、散々ご馳走になった手前知らん顔も出来ず、車も無く運転の出来ない二人に代わって引越しの手伝いをすることになった。世の中、色んな方法が有るもので、こういう輩のための部屋もちゃんとあった。今流行の00物件の元祖みたいな業者がいて、深い理由も聞かず1か月分の家賃を前払いしただけでとりあえず当座の生活はおくれる部屋を確保した。後は、債鬼の目を気にしながら荷物を運び出せばいい。幸いNのほうは、数ヶ月前、Kの甘言に乗って、自宅を売却していた。着のみ着のまま身軽な状態だったのである。Kのほうも、ホステスをしていた女房に愛想をつかされ独り身だったのでたいした荷物は無いだろう。と思ったのが間違いだった。最初は「とにかく位牌だけは持ってゆきたい」と言っていたのに、いざとなると、「ワンちゃんあれもこれも」と言い、4トントラックが一杯になった。しかも、エレベーターの無い5階からの運び出しである。犬鳴に命令されて手伝っていた調査員二人も音を上げる始末で、口には出さないが恨めしい目で見られた。
当時のKとNは40歳を少し出たぐらい、言って見れば男盛りである。そんな二人が住むアパートは、埼玉県川口市の外れで、JR川口駅からバスで30分もかかった。Nは自宅を売った残りが少々あり、Kも、行きがけの駄賃とばかりにサラ金を走り回って資金を作っていた。昼間は競馬やパチンコをして過ごし、夜には、部屋で酒盛りだ。Nは大男のくせにノミの心臓で、その代わり、料理が大好きだったので、犬鳴が買ってゆく酒とNの作る料理で楽しく生活していた。金がある間は働かない(といっても正業に就くというのではない)つもりだったようで、近くの(浦和競馬)には良く行った。犬鳴は今でも良く思うことがある。Kの生き方は場当たり的で、都合が悪くなれば切り捨ててゆく。人生そのものが繋がっていないのだ。普通の人は、生まれてから死んでゆくまで一本の線で表せる。その線が途切れることは無いのである。しかし、Kは引きずらない。今が楽しければ良いのであって、過去には未練を持たず、勿論、決して後悔もしない。まさに、ケ・セラ・セラだ。そして、絶えず明日どうしたら楽に生きてゆけるかを考える。まあ、良く言えばそうだが、完全に性格が破綻した人だったようだ。そして、犬鳴はKやN,彼らを取り巻く、奇妙な男達と、それから10年以上関わった。------