探偵日記 4月19日土曜日 晴れ
寒の戻りというのだろう、昨日の夜は真冬の寒さだった。数日前、もうユニクロは無用とばかりに脱ぎ捨て、素肌にYシャツを着ていたので震え上がった。そんな日に限り予定があって、帰宅したのは0時。今日は9時に事務所に出た。超寒がりの僕は、誰も居ない事務室の暖房をつけパソコンのスイッチを入れる。日中から夜にかけて尾行調査が3件重なったので、老コナンも何処かの現場をお手伝いしようと思い早く出勤した。普段ならば、お昼近くまでゴロゴロして、2,3時に雀荘に行くのが土曜日の定番だが。
メガバンク 17
そう言った後、青柳氏は一向に口を開かない。お茶を飲んだり、お菜を口に運んだりしてなにやら思案する風情である。犬鳴も心得ていて、やむくもに催促するようなことをせず、やはりお茶を飲んで待つ。6月の株式総会まで1ヶ月を切った。これからの作業のほうが調査の何倍も重要で神経を使わなくてはならない。下手をすると敵に足を掬われ元も子もなくなり立場が逆転する。青柳氏ならずとも慎重にならざるを得ない。調査の成果としては、まず、藤井鉄夫のスキャンダル、笹田常務の交友関係、妻静枝の不倫が三本柱で、これに付帯して幾つかの事案が存在する。あとはこれらの情報をどう活用するかだろう。いずれも、週刊誌が飛びつくネタで、三面記事的要素が強い。勿論、青柳氏が表立って動くわけには行かないので、必ず犬鳴にお鉢が回ってくるはずだ。
だからこそ、法外な調査費用を犬鳴に払ってくれている。そう考えた時、ようやく青柳氏が重い口を開いた。ねえ、犬鳴さんはマスコミにも伝があるっておしゃってましたよね。と、前置きし「筋書きを考えてマスコミにリークしてくれませんんか。勿論、出所は分らないようにして。」と、犬鳴が予想していた通りのリクエストをしてきた。(分りました。まあ、彼らに耳打ちする内容と、メディアの選択についてはご相談しましょう。早速スケジュールを組み立てて見ます。)犬鳴は極々普通の案件を受けるかのように淡々と応じた。大袈裟にならず、決して否は言わず、ある種の自信を示さなければならない。あまり大袈裟に反応すると、相手の足もとを見たように誤解されかねず、少しでも反論したり、自信なさげな態度を見せると、依頼人側の腰が引ける。いろんな意味で、(この男に任せても大丈夫)という、安心感と信頼感を抱かせなければならない。ただ、まあ今回の依頼人に限ってそんな質問はしないだろうが、大概の人は、高いレベルのマル秘事項を依頼しながら、「費用のほうはお幾らぐらい考えれば良いでしょうか」などと聞いてくる。当然といえば当然の最も重要なところではあるが、そんな時、犬鳴はこう応えることにしている。(そうですね。探偵事務所のメニューにないご依頼ですからね~)と言って、あくまでも、相手に考えさせるように心がけている。
しかし、青柳氏にはそんな駆け引きは必要ない。何しろ、本件の真の依頼人は大東銀行そのものといっても良い。犬鳴が思い悩むようなレベルの報酬ではないはずだ。犬鳴は、ただ黙って引き受けたことを大過なく遂行し、振込みを待ってればいいのだ。実は、犬鳴はこの日の来ることを想定して布石は打ってあった。ただ、彼らにも犬鳴の存在は見せないようにしてある。犬鳴には絶対的な信頼が出来る男が居た。K社の遊軍記者S、業界の主みたいな男で、これまでも犬鳴の手足となって動いてくれている。回転が速く、仁義もちゃんと心得ている。犬鳴とはひょんなことから仲良くなり、何度か酒を酌み交わすうちに暗黙の信頼関係が出来上がった。弁が立ち、何でも面白おかしくしゃべる奴だが、肝心なことは絶対に口を割らない。
青柳氏と別れた後、Sの携帯にメールして、その日の夜、行きつけのバーで落ち合うことにした。------------