メガバンク 6

探偵日記 4月7日月曜日晴れ

今日から安定した暖かい天気が続くらしい。雨天や雪、風の強い日に比べて、気分も爽快になる。朝早く起き、食事をすませて事務所へ。といってもやることがないので、早速、パソコンに向かってブログの更新。達人は、自宅や電車の中からでも携帯で更新できるというが、アナログ人間の僕には無理。妻もそうだが、僕の友人に機械オンチが居て、肝心な時に連絡がつかない。妻は、「あ、そう、気がつかなかった。とか、メール?入ってないわよ」などと言ってとぼける。否、僕にはそうとしか思えない。また他の友人の話。彼女の夫は18年前、脳梗塞で倒れ、以来、植物人間状態で長い間過ごしたが、実は、外出中の妻と連絡が取れなかったため、症状が悪化したのかもしれない。という話もある。当然当人は気に病んだことだろう。その後の献身的な介護に悔悟の気持ちが表れていた。彼女は、その日、友人宅でお喋りしていて携帯が鳴っているのに気付かなかったらしい。

緊急の用件があって連絡する。或いは、先の約束をしたいと思ってかけて見る。しかし繋がらない。その昔の固定電話の頃なら(ああ、留守か)ですむが、携帯はその名のとおり、その人の身近に持っているものである。かけても繋がらないという事は、出る気がないか、出れない状態だったのか、本当に気付かなかったのか。いずれにしても、かけた人に誤解されるか、不信感を与えるかで、百害あって一利なし。である。ただ、信頼関係が出来ている仲なら(しょうがないなあ)で済む。現代の神器は便利なようだが危険との背中合わせである。



メガバンク 6

翌日、午前9時、調査員から「マルヒは昨日と同じ場所で下り、そのまま会社に行きました」という連絡が入った。なるほど、やはりマルヒはハイヤーで出勤していることを周囲に知られたくないんだな。犬鳴は確信を持ってそう思った。他の2名の調査員は、この日、自宅から出る(燃えるごみ)の回収に、マルヒの自宅に行っている筈だ。普通の人は考えもしないだろうが、家や会社から出るごみの中には思いがけない掘り出し物がある。家人や従業員が何気なく捨ててしまう紙片、例えば、飲食店の領収書や、銀行のATMで行う入出金や振込み等の控えが調査の有力な情報になることが多い。まさに、マルヒの行動を忠実に証明する疎明資料となるのである。或る時、敵対する某企業の調査(産業スパイ的なものだったが)をしていた調査員がシュレッターされた紙片を繋ぎ合わせ一つの書類に再生した。これが大変な代物で、その企業が、族議員といわれる有力政治家に提供したお金の詳細だったのだ。(こんな物が有りました)犬鳴は主観を入れずクライアント企業の担当者に渡したが、後日、その議員は収賄で逮捕され議員の資格を失い、一方の企業は、逮捕者を出した挙句、一定期間官公庁から指名停止の処分を受けた。その経済的損失はン百億円であろう。今回の調査でも、犬鳴は調査員に毎週回収するように指示していた。

金曜日午後6時、勤務先の建物から出てきたマルヒは、ちょうどやって来たタクシーを拾い新宿方面に向かった。内堀通りを左折、日比谷の交差点を右折したタクシーは、半蔵門を左折し、新宿通りを直進、四谷見附を過ぎた辺りを左折すると、住宅街に入り、一見、普通の民家と思われるような洋館の前で停車した。タクシーを下りたマルヒは迷うことなくその建物に入り、ボーイに案内されていずれかの部屋に入ったらしい。残念ながら、調査員はその格調の高さに気後れし、建物内までは入れなかったようだ。(ホテル三国)東京でも有名なフランス料理店である。勿論、一見の客は入れないし、とても普通のサラリーマンが恋人と食事が出来るところでもない。犬鳴は一度だけグルメな依頼人に連れて行かれたことがあるが、4人で40万円近い料金だったように記憶する。コースの食事は1人45,000円だったが、とにかくワインがべらぼうに高かった。マルヒは、そんな店に、我々がランチでもするようにラフな雰囲気で入っていった。さすが大東銀行の部長さんである。犬鳴も調査員も妙なところで納得した。

マルヒが入った後もかなりの人たちが入店したが、マルヒの関係者と思えるような人物は居なかった。いずれも同伴かまったく異質の雰囲気を持つ人たちで、マルヒを招待する、或いはされる感じではなかった。とすると、同伴者はすでに入っていてマルヒを待っている。と思って良い。幸い犬鳴探偵事務所からはタクシーでワンメーターの距離にある。報告を聞いて現場に駆けつけた犬鳴は(最低2時間は出てこないだろうから飯食いに行こう)と言って、不安がる調査員らを連れて近くの食堂で腹ごしらえをする。(今日は一つの山場となるだろう)おそらく、出てくるのは9時過ぎだろうが、問題は誰と出てくるかだ。マルヒは月曜日から木曜日まで、銀座や向島、築地には行ったが、いずれも仕事絡みで、部下が同伴していた。まあ、今日もそうなのかもしれないが、犬鳴の勘は(かなりの確立で女だろう)であった。ここからさらにバーなどに行くことも考えられるが、いずれにしてもタクシーかハイヤーを呼ぶはずだ。応援の車両と調査員を追加し、待機する場所も指示して、邪魔者の犬鳴は現場を離れた。----------------