探偵日記 4月11日金曜日晴れ
朝起きて朝食を食べた後、少しぐずぐずしていたら携帯が鳴った。なんだろうと思って出て見ると知らない番号である。それでも依頼人かもしれないと思い(ハイ福田です)と出ると、「・・裁判所です。」と言う。はて、最近何も悪いことはしていないはずだが、と思い、(なんでしょうか)と言うと、「埼玉県でスピード違反しませんでしたか。その件で、本日9時に出頭をお願いしていましたが、お見えにならないので。」との由。これで腑に落ちた。そういえば、何か来てたなあ。と思い出し、謝罪する。但し、手紙は見ていなかったことにした。先方は、「今日の午後にでも来れませんか」と言うので、13時半に行く約束をして、錦糸町にある交通裁判所なる所に赴いた。検察庁で取調べを受け、裁判所で簡易裁判とやらをしてもらい、罰金7万円の判決を頂く。なんといってもお上には適わない。勝手に人の写真を取り7万円もの大金を即刻払えという。検事も裁判官も非常に優しい。それもそのはず大事なお客様だから。
メガバンク 10
女性の名前は捧公子34歳、新潟県見附市出身。犬鳴には(随分変わった名前だな)と思えたが、現地に行って見るとかなりの数の捧家が見られた。公子の実家は米穀店を経営する素封家で、公子は地元の進学校を卒業後、東京の白百合学園に進み、平成15年3月卒業。同年4月、大東銀行に入社。5年間勤務し、平成20年に自己都合で退職している。この間、2年間、藤井が支店長だった頃、公子が部下として働いていたことになる。まだ入社して間もない女子行員の捧公子とどんなきっかけで親しくなったのか、地方出身の公子から見る藤井は、天上人に見えたかもしれない。(食事でもどう)と誘われて、夢見心地でついていったに違いない。そして何度目かの食事の後、ごく自然にホテルに行ったとしても公子を責めるのは酷であろう。ただ、公子が在職した5年間、大東銀行は国の力を借りはしたが不良債権の処理を総て終え、勿論、融資された分も返済し、超優良金融機関に生まれ変わっていた。
さらに一週間経った時、犬鳴は青柳氏に呼ばれ、丸ビルの割烹で面談した。青柳氏と会うのはこれで3回目だが、電話でのやり取り等で気心も知れ、大分打ち解けていた。例によって豪華なランチの時、「ビールでもやりますか」と言う。銀行マンなのに大丈夫なのか、訝しがる犬鳴の思いを察したのか、「もう今日は帰らなくてもいいんです」と、青柳氏。「いやあ、娘の卒業を祝って家族で夕食をする予定なんです。」と、タネ明かしをする。それなら、ということになり、ビールから日本酒とかなりの量を飲んだが、顔色一つ変わらない。滅法強いのだ。犬鳴も無様な姿だけは見せまいと、腹を据えて飲む。しかし、青柳が今日犬鳴を呼んだのは、慰労のためではない。調査対象の変更である。次のマルヒは、本店の常務で、「笹田三郎」青柳氏はマルヒの個人情報を社名の無い封筒に入れて犬鳴に渡し、「調査方法その他は犬鳴さんにお任せします。良しなに進めてください。費用のほうはこの間決めた方法で振り込んでおきます。」と言う。実は、まだ色んなことが難しくない頃、犬鳴は大東銀行ほかの金融機関に、事務所とは全く縁のない名前の口座を作って置いた。大東銀行新宿支店にも幾つかの架空口座がある。その一つに、やはり架空の名前で入金して置くと言うのだ。
犬鳴は思う。本件は、単なる調査には終わらない。必ず、マスコミを賑わす。いや、或いは、ブラックジャーナリスト達が暗躍する事件に発展するだろう。その時、いわゆる探偵社が動いたとか、それに大東銀行が関与しているなんてことの無いよう、事前の危機管理をしておかなければならない。青柳氏と犬鳴の意見はこの点でも強力に一致していた。今日、藤井鉄夫の上の人物の調査を依頼してきたことで、今後の進展状況も容易に予想できた。現社長派と、副社長派の派閥争い。かどうかは分らないが、どっちにしてもそんなところだろう。犬鳴は常々思うことがある。それは、人の欲望は果てしない。ということだ。人は、(衣食足りて礼節を知る。)と言うが、最後に「名誉欲」が控えている。勿論、名誉の裏には権力と金が存在する。そして、これに迷って「晩節」を汚す人の、なんと多いことか。まあ、中には、心の奥底に潜んでいた性癖が顔をもたげて、痴漢行為で一生を棒に振る人も居れば、女性に狂って世間の笑い者になる人も居る。そんな記事を見るたびに(ああ、俺は野良犬で良かった)犬鳴は心からそう思う。----------------