探偵日記 4月24日木曜日 晴れ
今日も暖かい朝だった。昨日ちょっぴり飲みすぎて、寝起きは悪かったが、支度をしているうち徐々に戦闘モードになった。スーツにネクタイという仕事スタイルで外出。今日も横浜方面で尾行調査に参加する予定。マルヒがサラリーマンなので同じような雰囲気にする。これも一つの変装だろう。
昨夜の銀座は大変だったようだ。アメリカのオバマ大統領が来日し、おらが郷土の安倍晋三総理が「すきやばし次郎」というお寿司屋さんでおもてなし。をしたらしい。おまかせで、最低一人30,000円からというから、コナンには到底縁のない店だ。まあ、アメリカと緊密に結びつくのは結構なことだ。ロスケやチャイナは、いくら親しくしていてもいつ足を掬われるかわからない。そんな信用できない面があるが、アメリカ人は紳士的な上、信義、仁義を守ってくれそうな気がする。実際に、かの国に行って過ごしたこともある。めっぽう明るくて、陰で策を弄すような人種ではないと思う。なんとかいうSBIの係官がロシアに亡命して、何かチクッたようだが、世界をリードする大国がゆえの防衛だろうから認める。そんなことを言えば我が国だって、かなり陰湿な形で国民を監視、把握しているではないか。
メガバンク 20
翌週、週間誌各紙やスポーツ新聞などが、或る誌は、(大東銀行ご乱心)とタイトルを打てば、別の誌は(丸の内失楽園)と銘打って、いっせいに報道合戦を展開した。犬鳴は、大東銀行の上層部の対応を興味深く待ったが、本店に押しかけた各社の記者にた対しノーコメントを貫いた。一般行員も厳しく緘口令が敷かれ、みな無言で記者らを避けて出社した。我が国の経済の中心地、丸の内の中で、大東銀行本店の建物だけが赤い炎に包まれ、周囲は陽炎が立ち込めているかのようだった。青柳氏と犬鳴は会うことなく、連絡は総て暗号まがいのメールに終始した。例えば、(F出社せず)とか、S海外)などのように。
そして、やがて6月28日がやってきて、九段の武道館で大東銀行の株主総会が開催された。当然ながら総会は荒れに荒れ予定した時間内に終わらず、途中、議長の山本代表取締役社長が倒れ、救急車で運ばれる騒ぎに発展した。実はこの日、犬鳴も青柳氏の計らいで、いち株主として会場に入っていた。最初に、議長選出のセレモニーがあり、予定通り決算報告をする。そして、議題が役員の改正や新たな選出になると、会場の空気が一変した。突然、一人の株主が「異議あり」と叫んで立ち上がり、壇上に並ぶ幹部らを睨みつけるように質問を始め、これに同調するかのように、あちこちから怒声が発せられ、彼らの怒りの渦が、怒涛となって、議長を始めとする役員らに向けられ、一時、収拾のつかない状態に陥った。犬鳴は、総会屋の木下の姿を探したが見つからない。おそらく雲隠れしてダンマリを決め込むつもりなのだろう。大体、彼らのようなアウトローに言えることだが、一般に、防御に弱い。何か落ち度を見つけて攻め立てる時は大層威勢が良く、カッコいいが、いざ守勢に回ると木下のように逃げ回り、果ては雲隠れするしかないのだろう。防御のための理論武装が出来ていないのだと思う。
体調を悪化させ席をはずした社長に代わり、後に判ったことだが、青柳氏の影の上司、代表取締役副社長、興呂木五郎が議長席に座った。するとどうしたことか、会場は水を打ったように静まりかえった。代理の興呂木議長が話し始める「社長が体調を崩し、これより先は不肖私興呂木が議長を務めさせていただきます。」ここまで言うと、会場から拍手があがった。さらに議長の言葉が続く。「先ほど株主の方から貴重なご発言がありましたように、週刊誌その他で我が社の不祥事が取りざたされました。事実関係は現在鋭意調査中で御座いますので、いずれ、改めて株主の皆様にはご報告させていただきますが、私どもの管理不行き届きであることは間違いなく、皆様のお怒り、また愛情溢れるご叱責は誠にごもっともで御座います。つきましては、早急に真相の解明を行い、しかるべき処置と、我々の責任の所在を明らかにすると共に、相応のけじめをつけたいと思っておりますところです。したがいまして、本日積み残しました議決は、調査の後、改めて、臨時の総会をを開き、株主の皆様のご判断を仰ぎたく存じますが如何でございましょうか。」犬鳴は興呂木議長の話を聞きながら感心した。前もって設定された出来レースかもしれないが、堂々たる話し方に加え、大勢の株主達に有無を言わせない説得力と迫力を感じた。
終了時間が大幅に超過した株主総会は何とか終了し、疲れきった役員らに送られて株主達は会場を後にした。中には、(頑張って下さい)等と言って役員の手を握って来る者さえ居た。翌朝の朝刊は、大東銀行の株主総会の波乱を報じたが、人の噂も何とかで、7月に入ると関連した記事が出ることも無くなった。明日から学校が夏休みに入るという前日、久しぶりに青柳氏から連絡が来て、「犬鳴さん、色々お世話になりました。つきましては、私の上司が是非お目にかかりたいと申しますので、明日本店のほうに来ていただけませんか」と言う。犬鳴は二つ返事で了承し、翌日、午後2時、大東銀行を訪問した。待っていてくれた青柳氏に案内されて、役員室の一つに招じ入れられる。そこには、体調を崩した社長の代理として議長席に座った興呂木副社長が居て、にこやかに犬鳴を出迎えてくれた。副社長は丁重に労を労ってくれたあと、今後も我が社の危機管理に協力して欲しいことなど頼まれた。その後、青柳氏と二人きりになって、あれからの顛末を聞かされたが、藤井鉄夫は依願退社、笹田常務は北米の子会社の社長に左遷され、田園調布の支店長はどういう経緯かわからないが本店に呼び戻されたという。犬鳴は、藤井や笹田家のその後を知りたかったが、何となく聞きそびれていると、そうと察した青柳氏が、世田谷は離婚なさったようですね。まあ、田園調布は一方が海外に行って冷却期間を置くということらしいよ。と教えてくれた。ーーー(了)