メガバンク 7

探偵日記 4月8日火曜日 晴れ

今日もいい天気。9時、定期検診で阿佐ヶ谷駅前のつのだクリニックへ。採血され、体重を量る。「血糖値は151、食後にしてはまあまあですね、体重は1,7キロ落ちていますが何か努力なさいましたか」可愛い看護師が言う。(いやあなんにも、食欲もあるしお酒も美味しい。死期が近いんじゃあないの)と応じる。確かに、体重が減ると言うより体全体が細くなって、特に筋肉がめっきり削げた。これが老人の体なのかと思う。毎年年頭に(今年こそ、ジムに通って筋力をつけよう)と思うのだが実行したためしはない。ゴルフの飛距離が落ちたのもこのせいだと分っているが優柔不断で、根気のない僕は、誰か引っ張ってくれる人でも居なければ無理かな。10時、帝国ホテルで依頼人と面談。これで今日の仕事は終わり。あとはーーーーーー




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案の上、マルヒは、「ホテル三国」から妙齢の美女を伴って出てきた。さぞかし豪華な食事をし、高級なワインを心行くまで飲んだであろう。女性の頬は紅潮し、少し足元がおぼつかない様子である。マルヒはそんな女性の腰を抱き、待たせてあったハイヤーに乗り、三番町の、とある高層マンションに帰った。ハイヤーは、新宿通りを皇居方面に向かい、麹町警察前の信号を左折。ダイヤモンドホテル横を通過して、ちょうど、英国大使館裏手に位置する場所に建つマンション前で停車。お待ちいたしましょうか。と言う運転手に(いや、もう遅いから結構だ)と応え、ハイヤーを帰した後、女性と腕を組んでエントランスを入っていった。言うまでも無くオートロックで、玄関を入るとホテルのフロントのようなカウンターがあって、入館を誰何される。したがって、調査員以外の何びとも玄関以上奥には入れないようになっている。後日判ったことだが、エレベーターも、居住者か、居住者が許可したものしか乗れず、下りる時も居住者しか分らない決め事があった。

報告を聞いた犬鳴は、(明日は土曜日だからどうせ泊るんだろう。今日は引き上げて明日の朝からやりなおそう)と指示した。とりあえずマルヒの極めて重大な秘密のかけらが掴めた。月曜日に一報を入れなくちゃあ。と思いながら充実した気持ちでベッドに入った。探偵という職業は因果なものである。他人の不幸(今日のマルヒは、少なくとも今は幸せの絶頂にあるだろうが)が糧になる。犬鳴とて、人の不幸を楽しんだり、喜ぶ、サディックな性格ではない。むしろその人の将来を考え暗澹たる思いに落ち込むことのほうが多い。しかし、いざ仕事と割り切れば、今晩のような報告は願ってもないもので、報告して、依頼人から「さすがですねえ、有り難う御座います」と言われれば、探偵冥利に尽きる。し、本件の場合、仕事が延長され、今後の収入も大いに期待出来る。

月曜日、早速、依頼人(正確には担当者かな)の青柳次長に連絡し、(ちょっとご報告したいことがありますが)と言うと、「何か出ましたか、ええ、承知しました。じゃあ、正午に丸ビルのKで待ってます。僕の名前を言ってください。ランチでもしましょう」と言われる。犬鳴は、依頼人に過大な期待を抱かせてはいけないと思い。まあ、このことがどれほどお役に立つか分りませんが。と、濁しておいて受話器を置いた。犬鳴が、明日の朝からでいい。と指示したにもかかわらず、チーフの野仲は自分と新入りの山口で明け方までやり、妻帯の調査員は帰したらしい。昼過ぎ、マルヒと女性が普段着で外出。タクシーで青山のスーパー紀伊国屋に行って、買い物を始めたところで応援の者達と交代した。野仲も入社して数年はちゃらんぽらんだったがやっと本物になりつつあるようだ。午後、事務所に行ってアップで撮影されたマルヒと女性の写真や、マンションのガイドなど見ながら溜息をついた。

マルヒが羨ましいからではない。マルヒの妻のことを思いやったからだ。調査初日、成城の高級住宅街にあるマルヒの自宅で、垣間見た妻の顔を思い浮かべた。美人だが表情に陰影が感じられた。朝早い時間だったからかもしれないし、その日、体調がすぐれなかったのかもしれない。しかし、探偵の目には、(なにやら深い悩みを抱えている)ように思えた。
写真のマルヒは、会社に行く時とは全く違った感じに見えた。若者がはくようなパンツに派手なセーターを着込み、ラフなシューズを履いている。ご機嫌で、女性の手を軽く握って、その口からは鼻歌でも聞こえそうだった。妻には何と言ったのだろうか。大東銀行は全国に支店がある。(福岡の支店で不正があるという情報が入って監査に行かなければならなくなった)とでも言えば大概の奥方は納得するだろう。マルヒの妻も(あら、休日なのにご苦労様)と言って送り出したのか。ーーーーーーーーーーーーーーーーー