探偵日記 10月26日金曜日
昔、こんなざれ歌を聞いた。「土方殺すにゃ刃物は要らぬ。雨が三日も降れば良い」そうか。工事現場で働く人たちは、雨の日はお休みになる。例えずる休みしても月給の貰えるサラリーマンも居れば、天候に生殺与奪の権利を握られている人もあるんだ。などと感心したものである。時は流れて、今の自分。探偵にとって、(依頼)が無ければ何もすることが無い。まさに、工事現場で働く作業員の雨と同じ、一日中事務所の机にしがみついて、ボーとしていなければならない。
かって、僕は調査員らにこう言ったことがある。「君たちは探偵だ。暇な時に(仕事を取って来い)とは言わないが、事務所いてもしょうがないよ。映画を見に行ってもいいし、図書館で本を読んできても良い。但し、事務所から呼ばれた時、30分位で帰ってこれるようにしておきなさい」しかし、誰も外に出るものは無かった。何故だろうと思う。今の若い人たちは、規則には忠実で、上司から命じられたことはやるが、(開拓)する能力や意志に欠けているのだろうか? 否、事務所にいればお金を使うことも無いが、表に出れば経費がかかる。映画を見るにしても、喫茶店でおしゃべりをするにしても。----わが身に置き換え、最近やっと分かった。(笑)
偽装結婚 その6
後で判ったことだが、伊東弘美は尾行者をまこうとした訳ではなかった。確かに、彼女が降りたバス停から居住するマンションまで2キロ近くあったが、そのままバスに乗ってても、途中で乗り換えなければならない。彼女が降りた辺りがギリギリタクシーを拾いやすい地点である。調査をしていると、良くこういうことがある。そのときは、?(何故)と思ったことが、調査を進めてゆくうち腑に落ちる。本件の最初の失敗も符合する。ただ、マルヒがバスに乗ったところで、尾行用車両を別班のために残したようだが、調査員一人が、バスを追尾していれば、その後の苦労は無かったはずだ。
翌日、依頼人がやってきた。相変わらずこちらの質問にボソボソと応えるが、どうも的を得ない。聞くことと違う返答を繰り返す。それでもこの日は僕のほうにも腰の引ける要素があったので、にこやかに対応できた。それと、昨日は約束のお金を持参しなかったので、次の約束をしやすい。(今度は約束だけして、依頼人は行かない)方針でいくことにした。依頼人は、約束をたがえることに難色を示したが、(お金がもったいない)という僕の主張にしぶしぶ同意してくれた。
結婚相談所の所長(月形)の名前が違うことについて、依頼人はたいした反応をせず、まだ「月形さんは良い人です」などと言っている。僕も、マア何らかの事情で名前を変えて仕事をする人も居るだろうから、それだけで(月形は悪い奴)とは言わなかったが、伊東弘美の着信拒否も月形の指導によるものだと思っている僕は、(とにかくもう一度会う約束をして下さい)と頼み、依頼人からの連絡を待つことにした。
依頼人からの連絡を待つ間、(伊東弘美)という氏名とおおよその年齢で資料検索を行う一方、彼女が勤務しているという設計事務所のあるらしい、総武線(飯田橋駅)改札に於いて、早朝から張り込みを行った。人は、100パーセントの嘘はなかなかつけないものである。うそで固めた話にも、何処かに真実は有る筈だ。しかし、どれもこれも空振りに終わり、手詰まりになった頃、依頼人から二人と会う日時を知らせるメールが届いた。-------