月形こと、渡辺の戸籍は非常に興味深いものだった。除籍(一般的には、その戸籍に記載されている人たちが、婚姻や死亡等で全員抹消されたもの)改製原戸籍(戸籍法の改制により、新たに作り直されたもの、古くは、昭和35~6年に大きく改制されたが、最近は役所のコンピュータ化による。しかも、かなり頻繁に行われるので、申請作業が煩雑になる)を追って行き、彼女が過去4回の離婚歴のあることが分かった。直近の婚姻は5回目で、7年前、夫は、彼女より20歳以上若い韓国人だった。
渡辺美由紀は、昭和24年生まれの61歳。(現在は63歳)韓国人男性は39歳の時の結婚である。一時期、韓国人女性や、中国人女性と日本人の男が戸籍上結婚する風潮があった。中には、本当の結婚もあったが、大半はビザを得るための「偽装結婚」である。これらはみな金銭を必要とした。日本でホステスとして働きたい彼女らは、200万円~300万円を、同胞のブローカーに支払い、戸籍を提供してくれる日本人男性を紹介してもらう。ブローカーは、戸籍の提供者に、30万円から50万円を払いビザが取得できたら更に数十万円払う約束をする。イミグレーションは、簡単な書類審査を行い、まず1年間の滞在を許可し、また1年延長し、次に、女性は3年を申請するが、この時の審査はかなり厳しくやられ、(結婚)がイミテーションと判断すると、ビザが取り消され帰国を命じられる。したがって、ホステスさんたちの最大の関心事は、このことで、仮に、3年の延長が認められると仲間がお祝いする。当の本人も、ホッとしお店を1日休むことが多い。
何故このことに僕が詳しいか?その理由は、関連する調査を女性側から依頼されるからで、中でも最も多いのが、ビザの更新時期に、一緒に入管へ行ってもらいたいのに、偽装結婚の相手が「行方不明で連絡が取れない」から探してくれというもの。ブローカー氏も形だけ心配する素振りを見せるが、所詮他人のことである。ホステスさんのほうは、大げさに言うと生死を左右するほどの緊急事態だがーーーー
ちょっと余談が長くなったが、月形こと渡辺も、夫となった韓国人男性と偽装結婚していた。7年前、その前年、4回目の夫と離婚した彼女は、その年に自己破産もしている。まさに、どん底だったようだ。また余談になるが、女性と日本人男性の場合と違い、配偶者の妻が日本人女性の場合、ビザがおりやすい。なぜなら、夫の韓国人に歴とした職業があり、それなりに収入もあるからで、当然、各種の税金もきちんと支払う。入管もノーという材料が無いのである。それに引き替え戸籍を貸そうとするような日本人男性は、住所不定無職、勿論税金なんか滞納している輩が多い。したがって、ブローカー氏は、勤務先や収入証明など基本的な資料を偽造する羽目になる。だから高い。(ブローカー氏談)
渡辺の夫は、7年間、何の心配も無くわが国に滞在でき、もしかしたら永住権も得ているかもしれない。まだ戸籍謄本が完全に揃わない或る日の尾行の時、彼女が新宿区新大久保の、とあるマンションの1室を訪れた。メールボックスにも玄関にも固有名詞の表示はない。調査員も僕も(なんだろう)と思っていたが、戸籍が全て揃ってその謎が解けた。その部屋には、朴と称す韓国人、すなわち、渡辺の偽装結婚の相手が住むマンションだった。その部屋に、渡辺は、スーパーで買った惣菜数点を持って入った。
探偵日記11月2日金曜日
今日は、事務のたかチャンが高円寺の分室に行くというので、僕が早めに事務所にでた。当然のことながら誰も出勤していない。
今朝は少し寒く厚手の服装で散歩した。まだ暗い午前5時、すっきりとした夜空が次第に明るくなってゆく。家を出た時は、見事に輝いていた星が見えなくなり、お月様も青みが薄れ、やがて太陽の光に消し去られ街に朝の活気が漂い始める。タイちゃんは、かって、僕と散歩していた頃を思い出し、元気一杯に走り回り上機嫌である。散歩の時間が長すぎるのかな。って、思っていたが、完全に僕の思い違いだった。この調子ならあと10年は生きるだろう。もしかしたら僕のほうが先だったりして。(笑)