七人の奇妙な男達 1

探偵日記 11月05日火曜日晴れ

ぐずついていた空模様も一転秋晴れとなり週の初日を迎えた。本当は昨日だが、振り替え休日のため火曜日の今日が業務の始まりである。その日が好天気なのは気持ちの上でもいいことで、モチベーションも自然に高まろうというものだ。特に、セールスマンなどの外に出る仕事の人たちにとって成績にも大いに影響するだろう。勿論、探偵とて同じである。雨の日や寒い日の張り込みはキツイ。僕がまだ神田の探偵社で働いていた時のこと、要領のいい同僚に誘われ、彼のアルバイトを手伝うことになった。その不良社員はYという。手伝ってくれといわれた案件は、某結婚相談所の女社長の尾行。二人では心もとないということになって、やはり同僚のKも誘った。Kは元タクシーの運転手。運転は上手かったがやや小心な面があった。タクシーの運転手をしながら、将来必ず探偵になるんだと心に決め、せっせと貯蓄し、1年ぐらい無収入でも親子4人が食べていけるぐらい溜まったところで、かねてより、新聞の募集欄から「調査・探偵」といったところを切り抜いて準備していたらしく、片っ端から応募したらしい。その結果、僕の居る(というか、社員が僕しか居ない)T探偵事務所に入ってきた男である。その後、T探偵事務所は東京でも有数の事務所に成長、あっという間に20人を超える調査員を抱えるまでになった。

2月の寒い日が調査初日、何でもマルヒの夫がその日から出張で3日間家を空けるので、その間「様子を見てくれ」ということだった。まだ若かった僕は、60歳を過ぎ、達磨さんみたいに太っているばあさんが浮気なんかするわけ無いじゃん。なんて思っていた。マルヒの家は新宿区高田馬場、3人とも車を持っていないので立ち張りである。まさか内職するから事務所の車を貸してくれともいえない。ただ、いいことに、マルヒの家は細い路地の奥にあり、車があっても用をたさない。張り込みを初めて間もなく雪になった。僕達は相談して、一人ずつ交代で張り込み、残った二人はマルヒが電車に乗るなら必ず通るだろう道に面した喫茶店(ルノアール)で待機することにした。持ち時間は一人1時間。コーヒー1杯で3人が出たり入ったりするのでウエイトレスも不思議そうに思ってみている。ただ、3人とも俳優にしてもいいくらいのイケメンなので、ウエイトレスもまんざらではない感じでお水の交換をする。調子の良いYは(君綺麗だね女優になる氣ない?)なんて言って口説いている。

雪がしんしんと降り積もる中、傘をさして路地に佇んでいると10分もしないうちに胴震いするぐらい冷えてくる。傘を持つ手も感覚がなくなるほどだ。しかしマルヒは一向に動かない。3日目の朝、例によってルノアールで落ち合った僕達は早速順番を決め張り込みを開始する。どういうわけか雪はまだ降り続いている。トップバッターで1時間をこなし張込から帰ってきたKが音を上げた。「もう止めよう金なんか要らない。あんなくそばばあに男なんかいるわけないよ」と言う。僕も同感だったがお金は欲しい。黙って外に出て現場に向かった。その時、どうしょうもないぐらいチャランポランなYが、「何言ってるんだ俺達プロだろう」と言うのが聞こえた。なるほど。

僕の持ち時間の中でマルヒが動いた。まだ携帯も無い頃である。マルヒが駅に向かうことを推測し、走ってルノワールに行き、ガラス越しに(来るぞ~)と二人に伝える。その後、マルヒは一旦結婚相談所の事務所に立ち寄り、電車で渋谷へ、喫茶店で初老の男性と落ち合い、真っ直ぐラブホテルに入った。------------

七人の奇妙な男達 1

新宿歌舞伎町、世界一と言っていい歓楽街である。その歌舞伎町のはずれ、花園神社の裏に8階建ての「花園ビル」があり、中に「月山」という、何をやっているのか分らない会社が入居していた。経営者は二人の男、一人は西国の出身、もう一人は山形県の出身で、少し年上のほうがやや主導権を持っていたのか、社名に彼の出身地に近い山の名前をつけていた。昭和43年、読売新聞の募集蘭を見て応募した犬鳴は、前年大学を卒業し、銀座に本社のあった上場企業に就職したが、サラリーマンは自分に合わないことを悟り数ヶ月で辞めていた。幸い、当時近所に母親が住んでいたので、ひもじい思いをしない環境にあった。(何か面白そうな仕事は無いかな~)と思いながら無為に過ごしていたところに、「高級会員制クラブの営業員求む」という広告を見つけ早速応募したところ、即決で採用された。入社してみると、新しく採用された者は皆、ひと癖もふた癖もありそうな面構えの男達で、犬鳴が一番年下だった。

業務内容は、花園ビルの地下一階にオープンする高級クラブの会員を募集するというものだった。学生時代、マンモスキャバレー「クラブハイツ」でボーイのアルバイトをした経験のある犬鳴は、面白そうだ。と思い嬉々として出勤した。二人1組で飛び込みの営業をする。犬鳴と組んだのは、大手製薬会社を、女とお金でクビになったTという男だった。年は32~3歳か、身長185センチはあろうかという大男で髭面、まさに、仁王様みたいだった。この頃はもうすでにアル中になっており、朝から酒臭い。ランチの時も猛烈な勢いで飲酒するので営業は午前中で終わり、そのあとはサウナに行くかパチンコで過ごし、夕刻、帰社し形ばかりの報告をする。報告書の作成は犬鳴の役目で、作文はおてのもである。その報告を聞くのが営業部長のKで、この男がまた無類の女好き、酒びたり、ギャンブル狂だった。---------------