七人の奇妙な男達 12

探偵日記 11月26日火曜日晴れ

昨日の荒れた天気が嘘のような清々しい朝を迎えた。何時もの時間に起き、朝食を済ませ、支度をして事務所へ。今日は報告書を作成する他、整理することもあって早めに出る。日頃、怠惰な生活をしていても目的さえあれば、そのように行動できるものだ。
昨日はツケを払いに銀座のバーへ。夕方麻雀を終え、歌舞伎町のお寿司屋さんで少しつまみ、ビールと焼酎1杯飲んで20時頃店に入る。普通ならママを誘って銀座のどこかで食事するのだが、バーテンやホステスがお休みで店を抜けられないだろうと思って誘わなかった。ママは今日も洋服である。着物の似合う人なのに、店に出るのに、着物を着て美容室でセットしてもらう気持ちにならないようだ。「私は欝なの」というのがママの言い訳だった。それは違う。と思ったが、今日は敢えて口にしなかった。(さわらぬ神に祟りなし)人にあれこれ説教じみたことを言われるのが嫌いな性格のようでもあり、彼女なりの生き方を尊重したためである。帰りは外に出ると大荒れの天気、電車で帰ろうと思っていたが、ポーターの宍戸さんの車で送ってもらうことにした。宍戸さんは僕より10歳くらい若いが、30年以上生息し銀座のことに詳しく、頼りになる人だ。ただ、「若い頃、レーサーになろうとした」と言うだけあって運転は上手いがやや乱暴である。23時25分、阿佐ヶ谷に着いたがこのまま帰る気になれず寄り道をした。初めての女の子とカウンター越しの会話「カラオケ歌うんなら入れてあげますよ」(あのね、お歌いになられるようならお入れしますよ。じゃあない?)「私はそう言いましたよ」それ以上言うと嫌われそうだから止めたが銀座と新宿、新宿と阿佐ヶ谷、こんなに違う。♯こんなことを申し上げる私はやっぱり古い人間でございましょうかね~♯

七人の奇妙な男達 12

KとTどちらもレベルの低い詐欺師だが、Tのほうが悪さでは一枚上手である。K同様、一見すると(どこかの大企業の重役)に見えるし、肺病を患い闘病生活が長かったせいか知識が豊富で、これは持って生まれた素養だろうが口が上手い。特に女性やお年寄りに対しては一流の接し方をする。営業マンなら大成するだろうと思うのだが生憎と勤労意欲と忍耐力に欠け、何より享楽型に属す。二人が競馬新聞を見てあれこれ思案する様は「学者」を髣髴させる。或る時Tが自慢げにこんな話をした。彼の自宅(我々も麻雀をしに良く行ったので知っているのだが)から最寄の駅に行く道すがら、丸屋という質屋がある。勿論Tは常連で店主も一定の信頼を置いている。その日、丸屋を訪れたTが、(親父さん、岩手県の大店の主に頼まれて探しているんだけど象牙細工でこんな物は無いかな~、気に入れば幾らでも出す人なんだが)と告げ店を出たそうだ。2~3日して、盟友の会長に象牙でこしらえた見事な置物を持たせ、くだんの質店に行かせ質入させた。店主はTから聞いた話を思い出しろくに吟味もせず会長の言い値で預かってくれたという。その頃のTは古物商の鑑札をを持っており、特に東北地方の金持ちを相手にあくどい商売をしていた。ダイヤや色石のほか貴金属や、象牙の細工物を得意としていた。勿論、贋物ばかり。したがって、会長が丸屋に持ち込んだ細工物も練り物(象牙の牙そのものではなく切った後に出る粉を練ったもの)で二束三文の代物である。

その後、丸屋の主が首を長くしてTの来訪を待ったことは想像に難くない。

信用金庫の内川もすっかりTの信者になった。内川は、大学で理系を専攻した男で、金融機関に適していなかった。何でも理詰めで話を進める傾向があったが、Tの話には無条件で喜び、癖の、口を開けず声も出さず笑い転げていた。内川には妻のほかに複数の女性がいた。何時もしかめっ面をして、世の中の苦労を一人でしょっているような風情の男だが無類の女好きでもあった。そんな愛人の一人に、小金持ちの未亡人が居て羨ましくなるような美人だった。ただ、少しおつむのほうが弱かったが。やがて、Tの口車に乗せられた内川は未亡人のお金をTに回し始めた。条件は当時の銀行金利の数倍の利息を支払う。というもので、未亡人も内川も良いお小遣いになる筈だったが。----------