クリニック 5

今日は10時に日比谷のホテルで依頼人と会う予定が有り、9時に家を出た。僕としては何時もより早い始動で、かなり混雑した電車に乗る羽目になった。

10時少し前にホテルに到着。5分遅れで依頼人がやって来て面談。依頼人の言うフリートークとやらを1時間余りして、その依頼人と別れたあと、四谷の弁護士事務所に寄って13時半事務所に戻った。長引く不況に加え、調査員のトラブル等、悪いニュースを聞かされて、しばし考えさせられる。

が、でもまあしゃあないか。と気持ちを切り替えブログの更新をする。



クリニック5

院長婦人の依頼人は、もしかしたら家庭の崩壊とともに、折角掴んだ夢のような生活や、周囲が羨む自身の立場を失いかねない(実際にはすでに失っているのかもしれないが)不安や焦燥感に苛まれ、何かしていなければ精神の均衡が崩れる日々の中で、さしあたって、問題の解決にはならないかもしれないが「調査」に心の安らぎを求めたのかもしれない。僕は何度も、(調査に使うお金で他の楽しみを見つけたら如何ですか)と、進言したが聞き入れてもらえず、依頼人の指示通り調査を継続した。

或る日、依頼人がこんなことを言った。「福田さん、実は私が結婚する時、父が、お前の人生で何かを選択しなければならなかったり、プライドを守りたい時に使え。と言って貰ったお金があります。だから、夫の稼いだお金を使うわけでは有りません。費用のことは心配しないで徹底的に調査を進めて下さい」その金額を聞いて驚いた。5千万円と言う。

地方の高校を卒業し、東京で看護学校に通い、卒業後、大学病院に勤務した。と聞いていた僕は、ごく普通の家庭で育った人だろうと思っていたが、亡父はその地方で手広く商売をするかたわら県会議員もするほどの人物だったらしく、また、資産家でもあった。子沢山の家庭の末っ子で、本来ならば、大学に行ってもらいたかったようだが、(どうしても看護婦になりたい)と言って上京した娘が、思いがけず医者の嫁になると聞き、見識のある父親が、今日の娘の苦境を予測したのか、そういう備えをしてくれていた。

マルヒの相手女性「前田恵子」(これからは彼女をマルヒとしよう)に対する身元調査を開始した。

前にも述べたように、マルヒは四国の香川県出身。地元の県立高校を卒業後、大学の付属の看護学校を優秀な成績で卒業。少しの間、付属病院に勤務した後、2~3の病院やクリニックを転々として、出水聡が経営する美容クリニックに入ってきた。マルヒの美貌に一目ぼれした出水は即決で採用。マルヒのそつのない仕事ぶりや、回転の速さに目を見張った出水は、マルヒを重用し、「婦長」にするとともに、普通の従業員に対し、月額8万円の住宅手当を支給していたが、マルヒは特別扱いで、クリニックに近い超高級マンションを借り与えた。依頼人と仲良しの義姉が事務を取り仕切って居たため、こうした情報は時を経ずに依頼人の知るところとなった。マルヒの住むマンションの家賃は月額80万円。調査を開始してまもなく、出水はマルヒにベンツを買い与え、マルヒの前田恵子は、意気揚々と車で出勤した。

マルヒの経歴をつぶさに調べていた僕は、あることに疑問を持った。大学の付属病院を辞めたあと、次の勤務先に就職するまでのインターバルが少し長いように思えたのだ。まだ若く資格を持つ女性が1年以上も働かないでいるだろうか。四国の実家は、サラリーマンの父と、自宅の一部を改造した美容院を営む母親があるが、弟や妹も居て、大きな仕送りは望めない環境だったからだ。

香川県に出張して内偵をしている調査員から、(近所で聞き込みをしたら、マルヒは東京の精神病院に入院していたらしいです)との第一報が入った。ーーーーーーー