クリニック 9

四国の香川県で内偵を続けていた調査員から中間報告が入った。調査員は携帯の電話口で笑っている。(しょうがない母娘です。美容師のおふくろさんも浮気しています。)実は僕もマルヒの実家を知っている。長い調査になる予感があって現場を見ておこうと思い、飛行機嫌いの僕は、新幹線で岡山まで行き、連絡線で高松に渡った。マルヒの実家は、雑然とした地域の中にあり、木造2階建ての一部を店舗に改造し母親が美容室を営んでいた。僕が通行人を装い何気なく歩きながら店内を見やると、小柄で可愛い感じの婦人が、客待ちの椅子に腰掛け所在無げに雑誌を読んでいた。

ふーん。無いことではないな。母親を知っている僕は、さもありなん。とまでは思わなかったが、十分にありうることだと思った。夫で、マルヒの父親は固い職業のサラリーマン。毎朝出かけ帰宅時間もほぼ一定している。子供たちがそれぞれ独立したあとは、経済面でも余裕が出来ていそうだが、遊びは一切やらず唯一の趣味が盆栽という。ところが、一方の母親は社交的で、町内の婦人等が計画する旅行には必ずと言っていいほど参加していた。

或る日の夜半。お店の電話が鳴った。マルヒの実家は、自宅の電話と店を共有しており、切り替え式にして、閉店後は居間で応対する。この時、母親が家のどの場所で受話器を取ったのか判然としないが、相手の野太い声に比べ、母親のほうはというと周囲に聞かれまいとして、押し殺したような小声で会話を始めた。或いは、夫が隣の部屋に居るのかも知れない。しかし母親は電話を切ろうとせず、すがりつくような感じで、今度会う約束を取り付けている。

僕の推測だが、相手の男性は母親より年下。建設関係の仕事で現場を転転とする。したがって、少しの間、香川県のマルヒの実家近くに現場を持ったことがある。現在は、北陸地方にいる。実家のある町で近々その地方への旅行が計画され、すでに日時も決まっていた。(久しぶりに会える)母親の期待は大いに膨らんでいるときだった。

やがて電話での約束が出来て母親は安心したように電話を切った。切際に、「くれぐれもお体を大切に」と言う言葉が意味深く、中年の女性の情炎が感じられた。しかし、僕の関心は別のところにあった。男性の会話の中に、マルヒの東京での生活を熟知している部分があり、マルヒも母親の不倫相手を良く知っていて、むしろ積極的に協力しているふしがあった。マルヒの言う「じゃあ、おかあちゃん旅行の帰りに私のところに寄ったことにすればいいやん」がそれである。

親が親なら子も子。と言う言葉があるが、前田家の女子は少々倫理観が乏しいようだ。ーーーーーーーーーーー