探偵日記

探偵日記 11月11日火曜日 曇り時々雨

タイちゃんと散歩に出た時はまだ雨は降っていなかった。1時間ほど歩いて帰宅。今日は少しゆっくりして11時に事務所へ。事務所に着いたと同時ぐらいにご依頼人から電話がかかって長話をする。浮気夫が(家を出る、離婚を承知しろ)と大騒ぎしているとの由。愛し合って一緒になり可愛い子供をもうけ、アットホームを築いてきたのに、何処で知り合ったのか判らないがよその女と仲良くなったら(離婚したい)と言い出す。昔、あんなに好きだった妻に対し、痛いところを突かれ(お前は狂っている)なんて言う。狂っているのは自分のほうなのに。最高学府を出て、社会的にも認められている男が、ひとたび狂うとこんな軽薄な人間に堕ちて行く。彼に言いたい「責任」を持ちなさい。と。

娼婦 10

翌日、事務所に出ると責任者の男性が笑いながら佳枝に声をかけてきた。「佳樹ちゃん。昨日の人からリクエストだよ。もう待っているから早く行ってあげなさい」佳枝もびっくりした。昨日の今日である。しかもまだ午前10時を少し回ったばかりなのに、もうホテルで待っているという。まだタバコも吸っていない。佳枝の夫は禁煙しているし、夫の両親も吸わない。だから佳枝は自宅にいるときはタバコを吸えないし、佳枝がタバコを吸うとは誰も思っていなかった。だから、この事務所に来てゆっくり一服するのが楽しみでもあった。それなのに(すぐ行け)という。佳枝は、ハイハイと言いながらタバコを口にくわえ半分ほど吸ってようやく事務所を出た。昨日5時間過ごした相手だから鮮明に覚えている。ただ、5時間といっても実際に仕事をしたのは10分程度。あとは世間話に終始した。お金は持っているようだったけどどんな仕事をしている人かしら。サラリーマンみたいだから会社のお金に手をつけているのかもしれない。(まあ、そんなことはどうでもいいか)生まれつき楽観的で深く物事を考えない佳枝は、ホテルに着いた時にはそんなことはすっかり忘れてしおらしくドアをノックした。

着ている背広は昨日と同じ。白いYシャツに紺のネクタイをきちんと締め、昨日と同じようにベッドの横にあるけばけばしいソファに腰掛けている。佳枝は客の膝元まで行って、(今日も呼んで頂き有り難うございます。)と、丁寧に言って三つ指をついた。男性は、そんな佳枝を見て満面の笑みを浮かべている。(お洋服をお脱ぎになって)と言いながら佳枝はかいがいしく上着を脱がせにかかった。男性は本当に恐縮したように「いやいや自分でやりますから」と言い、恥ずかしいのか後ろを向いて着替え、佳枝がそっとかけたガウンを着てようやく佳枝と向かい合った。(今日はどのくらいお時間取れますの)料金の交渉もあるので佳枝はまずそのことを聞いた。すると男性は、「貴女は何時まで居れますか」と聞いてくる。佳枝は、一瞬どう答えていいのか迷った。佳枝にしたって、ホテルを出たり入ったりするより一人の客で時間を費やしたほうが楽だし、正直、自分より若そうなこの客と居たいと思った。佳枝は、さも恥ずかしそうな風情を装い(昨日みたいに・・・)とか細く答える。男性は「ああ良かった。じゃあこれで」と言いながら10万円を差し出した。

こうして、来る日も来る日も男性は佳枝に会いにやってきた。その度に10万円置いてゆき、それとは別に5万、10万とチップもくれた。最初こそ、(いいえそんなこと困ります)と、辞退した佳枝だったが、そのうち馴れてきて、部屋に入るなり(嬉しい)などと言い、ひしとしがみつき、佳枝自身(あれッ何でだろう)と思ったが、抱きつきながら大声で泣きじゃくったりした。
そんな日々が1ヶ月も続いた或る日、前日、佳枝に指名が入って男性のリクエストに応じられなかった翌日のこと、部屋に入ってきた佳枝をじっと見つめた男性がこんなことを言ってきた。「佳樹さん。僕は貴女が他の男に抱かれていることを想像したらとても苦しい。貴女に家庭があることは充分承知していますから、それはそれとして、今のお仕事をやめて僕だけと会ってくれませんか。勿論、貴女が得る収入分は僕が責任を持ってあげます。もし承知してくれるのなら当座のものとして3000万円用意しました。」と言って、三越の紙袋に入った現金を見せてくれた。---------