クリニック 6

マルヒ、前田恵子に関する身元調査で、経歴の部分について再調査をしなければならなくなった。特に、看護学校を出て最初に勤務した付属病院時代に遡る。マルヒはこの時代に何らかのアクシデントに見舞われ、心を病み入院しているはずだ。僕は、四国で内偵(聞き込み)をしている調査員に、もう少し情報収集するように命じ、東京での調査を自分がやることにした。

このころになると、僕と依頼人は毎日のように会っていた。小学5年生の二男の中学入試のため四谷の塾に通っているらしく、迎えに来る前の1時間ほど慌しく面談し、次々に明らかとなる事実関係を報告した。その中にこんなこともあった。マルヒが出水のクリニックに入ってきて暫くしたとき、突然若い男性がクリニックを訪問し「院長を出せ」と言って暴れたらしい。その理由はこうだった。

当時マルヒは履歴書に書いたアパートで、この男性と同棲していた。男性はSE(システムエンジニア)で、勤務時間が不規則だったらしい。しかし、何時帰ってもマルヒが居ない日が続き、(変だな)と思い、或る日、調査会社に依頼し、マルヒを尾行したと言う。その結果、自分たちの愛の巣とは雲泥の差がある超高級マンションに入って行き、院長の出水と食事に出かけ、再び仲良く手をつないでマンションに入って行く二人を確認。勿論その日マルヒは帰宅しなかった。そして、この日、クリニックに押しかけた次第である。

後日、依頼人から聞いた話では、出水は、その男性に2千万円渡しマルヒとの関係を清算させたらしい。「その日主人から金庫の中から2千万円出してすぐ持ってくるようにって連絡があり、持って行きました。」と述懐していた。

こうして、マルヒは晴れて隆盛を誇る美容クリニックの経営者、出水聡の愛人となり、ほどなく、香川の実家へ二人で帰省し、出水は「お嬢さんと結婚したい」と申し出て、両親も大喜びしたという。聞き込みをしている調査員は、(近所でも、恵子ちゃんが大病院の院長に見初められて嫁に行った。と評判になっています)と報告してきた。(好きな人が出来たから君たちのお父さんをやめる。)といって、そのとおり出て行った依頼人の夫は、婚姻中にもかかわらずマルヒとの結婚を、こともあろうに、その両親に申し込む。(我田引水)自分勝手も極まった感じである。

(奥さん、弁護士に依頼して、前田に対する損害賠償を求め、ご主人に対しても家庭裁判所で家事調停を起こす時期かもしれませんね)僕はたまりかねて進言した。しかし、依頼人は淋しそうに笑って、「そんなことをしたら本当に離婚されちゃう、子供もまだ小さいし」と言うばかり。ただ、そんな言葉とは裏腹に、依頼人の闘争心は旺盛だった。「福田さん、前田の両親や兄弟、近所の人たちに、前田と結婚しようとしている人には家庭があり、歴とした妻子が居るってことを知らせてくれないかしら」と言ってきた。----------



今日も暑い。夏だから仕方ないとは思うが、暑さに強い僕も年々こたえるようになって来た。不景気だからなおさらかな。それでも夜になれば(ちょいと一杯のつもりで飲んで、何時の間にやらハシゴ酒)ってな調子で、気がついたら0時を大きく回っていた。ということにならないようにしよう。