クリニック  13

依頼人は、不服そうだったが最終的には僕の説得を聞き入れ、前田家を攻撃する作業はせずにすんだ。その後も、依頼人とは頻繁に会ったが調査をする必要も無いまま数ヶ月過ぎた。会ってする話といえばどうしても本件に関することになり、マルヒの院長がどうしたとか、ああしたといった内容で、加えて、前田恵子のことになった。それでも、依頼人から「明日の行動を見て欲しい」と言われれば、無碍に断る訳にもいかず単発的に慣れ親しんだ尾行調査を行った。

マルヒが子供たちに「お父さんは君たちのお父さんをやめる」などと、訳の分からない宣言をして、とうとう出て行ったときの話。某日、田園調布の自宅前に大型のトラックが横付けされ引越しが始まった。依頼人が「靴の一足ぐらい置いていってください。」と哀願したにもかかわらず、マルヒは靴下やハンカチに至るまで、何も残さず持っていったらしい。

後日、移転先を確認するために1日尾行調査を行ったが、クリニックを出たマルヒと前田恵子は、マルヒが前田に買い与えた真新しいベンツで豊洲の高層マンションに帰った。オートロックのため当日は部屋番号までは分からなかったが、その後の調査で、25階○×号室であることや3LDK150平米で、家賃が月65万円であること等が判明した。メールボックスにマルヒの名前と(前田)が書かれていた。

男という動物は妙なところでケチる癖があるのかもしれない。脱税しなければならないくらい儲かって、愛人にベンツを買い与えることが出来るにもかかわらず、履き古した靴や靴下まで、愛人との新しい生活の場に持ち込む。かって、その人の妻が洗濯しただろう下着や靴下を洗う前田の心境はいかなるものか。僕だったら、捨てた妻の残り香のするものは置いてゆくか捨てるだろう。と思う。否、やっぱりいざとなれば持って行くかもしれない。人は様々だ。何をどう考えるか分からない。-------



8月21日(火曜日)今日の東京は30度をはるかに超え真夏日になるらしい。朝10時に、地方から来る依頼人と会うために午前9時に家を出る。中央線の快速で四谷まで行き、タクシーで帝国ホテルに向かった。少しまとまった集金をしたが、案の定小切手である。地方の会社が振り出した小切手は、取立てに時間がかかり資金化するのに3日以上かかる。でも、現金で持ち帰るより小切手のほうが安心だ。

しかし、昨今の不況は深刻である。調査費用の決済が予定通りいかない。某弁護士の話。2ヶ月以上経過しているにもかかわらず知らん顔。なんで?(笑)