クリニック 11

自身を探偵と称しているが、僕の知らない顔だった。この時すでに30年以上この世界に身をおいている僕だが、狭いようで広いのか、はたまた、一般に知られざる業界故か面識の無い同業者は結構居る。Yもその一人かもしれない。(かもしれない)と思ったのは、果たしてYが探偵かどうか疑問だったからである。依頼人のもとに届いた手紙の文章や、わざとかえたらしい文体からある程度の年だろうと思っていたが、写真で見るYは、僕より少し上に見えた。

僕は、この調査を事務所のメンバー以外の者に担当させた。(中谷)という男だが、数年前独立して個人事務所を経営している。大男で、やや異相だが尾行は上手い。毎日、中谷が報告してくる。某日、自宅を出たYは、書類のようなものを持って、西新宿の調査会社に入ったという。その調査会社は、企業に依頼されて、(採用)専門の会社だった。Sという、確か早稲田を出た男が社長である。名前だけは知っているが勿論あったこともないし、今後も会うことの無い相手だ。

この日のYの行動で、凡そのことが推測出来た。(探偵)否、探偵を装った一介の調査マンである。業界的には、2部業者。面接した人が提出する履歴書に基づき、自宅周辺や、出身校、前職がればもとの勤務先に、当時の勤務状況などを聞きに行く。いわゆる、内偵専門の調査員であった。Yが探偵ではないことで少しほっとした。やはり同業者でないほうがやりやすい。しかも、すでに当方の存在を知られている可能性が高い。ーーーーーーーーー



僕は明日から郷里の山口県下関に帰る。郷里の人は僕の家を「別荘」と呼ぶ。僕はそうは思っていないが、1年に10日余りしか居ないのでそう見られているのだろう、風光明媚なうえ、食べ物も美味しく、周囲にゴルフ場が沢山ある。阿佐ヶ谷の人たちが3年連続で来てくれた。いい郷里である。---というわけで1週間お休みします。