探偵日記 12月1日土曜日晴れ
昨夜は少し飲みすぎた。今日からタイちゃんの散歩は、彼が僕を起こしてから行くことにしたので、05:00何時もの時間、目は覚めていたが、こっちから迎えに行かず待っていると、6時過ぎ、奥さんがタイちゃんを連れて階下に下りようとしている気配がした。(どうしたの)って聞くと、「あら、散歩はもう終わったんでしょう」と言う。彼女は、タイちゃんがせがむのを、散歩が済み、ご飯を欲しがっていると思ったらしい。家が大きいとこんな問題も生じる。(笑)
何時ものように散歩して、08時朝食を済ませてまたベッドにもぐりこむ。14時30分、伊勢丹に車を駐めて事務所に。
あの橋から その7
「離婚して欲しい」雅之は単刀直入に末子が一番恐れていた言葉で切り出した。末子は内心ドキっとしたが、努めて平静を保ちながら雅之の次の言葉を待った。うつむいたままで。---
「好きな人が出来た。もう君とは暮らせない。子供たちの養育費やその他、自分に出来る範囲で最大限努力する。だから、条件など考えて置いて下さい。」なぜそうなったのか、相手の女性がどんな人か、末子の聞きたい部分は端折って自分の言いたいことだけ言うと「じゃあ」と言って、外出しようとした。何か言わなくては、家を出ようとしている夫を引き止めなければ、末子は必至で考えたが、どうしたらいいのかその術が思い浮かばない。雅之は、そんな末子の様子を見て、(承知してくれた)と思ったようで、悪びれることなく外出してしまった。
末子は、長男を出産してから、慣れない子育てに加え、当時雅之が勤めの関係で、午後に出勤し、明け方帰宅する不規則な生活のせいで鬱状態になっていた。心配した周囲が、実家の母親に連絡したが、末子の芯の強さを信じている母は「末子の甘えでしょう。ほっといてください」と言い、すぐに駆けつけることも無く、末子の状態は益々悪化していった。この病気は、ともすると、(たんに怠惰なだけ)見られがちである。あとになって、末子が友人らに語ったところによると、(何もしたくなくなって、翔が泣き叫んでいても気にならず、酷い時は失神したことも有った)らしい。
見かねた友人や、周囲の人達が交代で翔を預かってくれ、末子は一日中ベッドで横になる日々が続き、通院していた神経科から給えられた薬の効果もあって、間もなく回復した。ただ、その後も、少し疲れたり不眠気味になることがあって、そのクリニックから睡眠薬を貰っていた。
この日、久しく忘れていたあの頃の悪夢のような症状が襲ってきた。(離婚)したらどうなるんだろう?ぼんやり考えているうち、何もかもが嫌になり、体中の力が抜けてゆくのが鮮明に感じられた。その後、末子は自分のした行為を思い出せない。時間も、場所も、子供たちのことも。気がついた時は、二日間の時間が経過し、自宅ではない、寒々としたベッドの上だった。
雅之が離婚を宣言し、家を出て、女性の住む家に向かった。どのくらいの時間が経ったのだろうか、ダイニングのテーブルにうつ伏せになって、ほとんど気を失っていた状態の末子は、のろのろと立ち上がり、自分の部屋で、ほとんど飲まないまま溜まっていた睡眠薬を全部口に入れた。そして、意識が朦朧としたなかで(ああそうだ、夫を探さなければ)と思い、靴も履かず家を出て、通行人の通報で警官が駆けつけたとき、末子は、あの橋のたもとで倒れていたという。ーーーーー