あの橋から その10

探偵日記 12月05日水曜日晴れ

治癒力の強さには驚く。タイちゃんの頭の傷はかなり良くなった。今朝も6時に散歩。生後すぐに切られ短くなった尻尾を、嬉しそうに振りながらまだ薄暗い住宅街を元気に歩く。僕も、ストレッチをしながらお供、1時間歩き帰宅。タイちゃんは朝ごはんに飛びつくようにして、あっという間に平らげた。僕は10時に出社。報告書の手直しをして12時半ランチ、本日は、若い人達の希望でとんかつを食べる。------



あの橋から その10

顔を合わせれば、別れてくれと言う。だけど末子はどうしても釈然としない、気分は優れず時おり瘧に似た熱が出て家事もままならない時があったりした。末子が気づかないうちに、十数年前と同じ鬱の症状が進行していたようだ。或る日のこと、目を閉じてベッドで横になっている末子を、何時帰宅したのか雅之がじっと見下ろしていた。気配を感じた末子が目を開け、雅之と視線が合った瞬間、得体の知れない恐怖が末子を襲った。後になって、末子が友人に語ったところによれば、その時末子は、訳も無く「殺される」と思ったらしい。事実、雅之は「君が死んでくれればすっきりするのに」と言ったという。

はなこは、動物の勘というか、最近何だかおどおどしているし、夜、末子がベッドに上がると、ベッドの端に手をかけ、身を乗り出すようにして末子を覗き込む仕草をすることが多くなった。或ときは悲しそうな目で、また或ときは、不安一杯な目で見つめる。末子のほうも、はなちゃんと一緒の時は心が和み(はなちゃんママが良くなったらまたあの橋に遊びに行こうね)などと話しかけたりした。実際に、はなちゃんを抱きしめてウトウトするとき、あの橋のたもとで、はなちゃんと遊ぶ夢を見た。

そんな或る日、隣町で一人暮らしをしている夫の母親から電話があり、「末子さんどうなってるの、昨日突然雅之がやってきて、離婚の保証人になってくれって言うからとりあえずなっておいたけど、私は貴方の味方だから、簡単に承知しないで頑張ってね」と言う。末子も(お義母さんご心配お掛けしてすみません。私も離婚は考えられませんし、雅之さんを信じていますから)と、取り繕ったが、夫が、離婚に向けて着々と準備をしている様子を知り、失望するとともに、心が寒々とした。もしかしたら、雅之との離婚は避けられないかもしれない。

その夜、末子は左手首を切った。---------