あの橋から その5

探偵日記 11月29日木曜日 晴れ

今日も少し寝坊した。5時少し過ぎタイちゃんを連れて、まだ暗い阿佐ヶ谷の街に出た。阿佐ヶ谷という所は凄い町である。朝5時を過ぎても居酒屋は営業しており、あちこちに酔客がふらついている。そんな中を、食べかすの鳥の骨など拾い食いしないよう気を配りながら歩く。今日は1時間で4700歩余り、途中、一緒になって猛スピードで走ったりするので、多少健康的かもしれない。11時半、事務所へ。



あの橋から その5

新らしく家族となった豆柴の花子(以後、はなちゃんと呼ぶ)もすっかり加納家に馴染み、可愛い仕草で散歩やご飯の催促をするようになった。この頃は、東急田園都市線の沿線に、中古住宅を購入していた。夫は、その後転職し、公務員になっていたし、末子の収入を合わせて、住宅ローンはすんなり通った。長女の茜も新居のある町の小学校に入学。絵に描いたような中流の家庭を営んでいた。地味で穏やかな印象の末子は、金融機関に勤務しているしっかり者、との評価もあって、しかも、反面、断れない性格があいまって、転居して間もない町内会の役員や、子供たちが通う学校のPTAの役員を引き受け多忙を極めたが、日々の暮らしは充実していて、全く苦ならなかった。

日課の散歩も、朝は末子、夜は、夫が担当し、稀に翔がやってくれることもあった。はなちゃんは、末子との散歩は自分なりにコースを決めていて、途中の小さな「橋」が大のお気に入りである。その橋は、住宅地のはずれにある小川に架っていた。昼間は、学校帰りの子供たちの遊び場で、ざり蟹や小魚を取って遊ぶ子もいた。しかし、夜は深い闇の中に沈み大人でも怖いぐらいだった。末子は、通勤の時、バスに乗り遅れた時等、駅から10数分かけて、その橋を通って帰宅した。加納家の犬、はなちゃんと、末子にとって、愛着のある径のお気に入りの小橋となった。

バブル崩壊から20年、世の中はさまざまな出来事が繰り返し、阪神大震災、米国の9・11、日本航空など大企業の倒産など、日本経済も緩やかに、しかし確実に疲弊し人々の暮らしも閉塞感をひしひしと感じるようになった頃、末子に、まったく予期しなかった不幸な事件が持ち上がった。-------