あの橋から その15

探偵日記 12月11日火曜日晴れ

今日も寒い朝だった。6時前、タイちゃんを連れて散歩に出る。あちこちで他の犬と遭遇するので、その度に路地に入ったり、Uターンしたりで忙しい。タイも歳を取って少々鈍くなったらしく、至近距離に犬が来ても気づかないこともある。わが身に置き換えちょっぴり物悲しくなることも。散歩を終え朝食のあと、少し横になろうと思ったが、色んな電話で起こされ、仕方なく出かけることにした。



あの橋から その15

それでも末子はすぐには探偵に連絡が出来なかった。一つには、費用の心配がある。実は、糸ちゃんと何箇所かの探偵事務所に電話で問い合わせたりした。はっきり料金を言わなかったり、面談を強要する傾向の事務所もあって、躊躇っていた。11月末、夫の雅之が家を出ると宣言した期日が迫ってきた。この間、雅之と何度も話しをしようとしたが、「僕の気持ちは君から完全に離れているし、彼女も僕の来るのを心待ちしている。彼女を裏切るわけにはいかない」などと言って、離婚届の用紙を出して、「早く書いてよ」と迫る。

末子もほとほと疲れてきて、(どうでもいいや)とも思ったりするが、糸ちゃんや母は(簡単に離婚するんじゃあないよ)と、会うたびに念押しされる。年齢不相応に安月給の雅之から慰謝料も取れないだろうし、二人の子供の養育費も、K弁護士は「せいぜい一人4~5万円だよ」と言っていた。末子は、自分の給料と雅之からもらえるだろう養育費を合算して、家のローンや教育費、日々の生活費などを、何度も計算してみるが今の生活を維持することは不可能に思えた。夫に対する腹いせに(もういっぺん死んでやろうか、今度は本当に)なんて考えるが、それも能がないし。とも思う。

あれから、雅之に(ねえ、相手の人はどんな人)と聞いてみるが、あんなにおしゃべりだった雅之が、今度ばかりは頑として口を割らない。相手が秘密にすればするほど知りたくなるのが人情で、末子も最近無性に知りたくなった。(会うだけ会ってみるか)普段は大人しく消極的な末子だが、時々自分でも驚くぐらい思い切った行動に出ることがある。自殺未遂騒ぎもそうで、(エイっ)という感じでやってしまう。

(もしもし、私は横浜に住む加納と申しますが福田さんはいらっしゃいますか)ある日の午後、不規則な休憩時間に、末子は恐る恐る電話をして見た。会うだけ会ってみるか。と思ったものの、(その人、居なければいいな)不思議なもので、話をしたい相手がいなければ良い。気持ちになり、いざ実行するとなると腰が引ける自分を感じた。幸い「福田は出かけておりますが、折り返し電話を差し上げるように致しましょうか」電話に出た女性が、その人の不在を告げた。ほっとする反面、今度は(どうしても会わなければならない)といった、一種の強迫観念に捉われ、(お願いします。私の携帯は00××00です。あの~K弁護士さんに紹介された者とお伝え下さい)と応えた。

数分して、社員食堂でぼんやりしていた末子の携帯に「福田ですが、お電話頂きまして」と、中年の男性から電話がきた。ーーーーーーーー