探偵日記 12月10日月曜日晴れ
昨日のゴルフコンペ、天気に恵まれ気持ち良くプレー出来た。但し、成績は振るわず50人中11位。ワイン3本とワインセラーを貰った。ハンデも沢山あるので、何時でも優勝できる。と、思っているが、一向にその時が来ない。昨日の優勝者は、奈々瀬ちゃん(僕の友達の姪、沖縄県出身、30歳独身)で、9アンダーだった。とても適わない。というか、上位6人全て女子。男どもが情けない。
今日は、日本橋の社長とランチ、食事が終わり四方山話になって、56才になる独身のお嬢様の話になった。昨年12月、乳がんが見つかり手術をして、現在闘病中と言う。毎年検診を受けていたが、担当のDrが「小さなしこりが有るけど良性だから心配ない」と言われ安心していたところ、気づいた時はレベル3で手遅れ。左を全摘したらしい。明らかな誤診であろう。しかも、手術に際し、転移の危険を少なくするためリンパを除去したという。その結果、風も引けない、蜂にも刺されてはならない、切り傷は絶対駄目、手に力が入らない。などの後遺症が予想され、日々の生活に、多くの制約が課せられる羽目になった。社長はおん歳84歳。お母様は80歳。お嬢様は結婚もせず、前途多難である。僕は言いようもなく、(社長もあと100年は生きなければ駄目ですよ)冗談めかして言ったものの、聞く僕がこんなに辛いのだから、当の社長はもっと悲しく苦しい毎日だろうと心底同情した。
あの橋から その14
勤務先でも、ボツボツ末子の激痩せが話題になるようになったが、みな気を使って、面と向かって末子に聞いてくる者はいなかった。ただ、あんなに真面目で、欠勤や早退のなかった末子がまるで人が変わったように度々休むので、或る日、直属の上司に呼ばれ「今日少し時間を取ってくれないか」と切り出された。この上司は、前の支店でも一緒だた人で、何となく相性がいいというか、末子の能力を買ってくれていたし、変な意味ではなく(好かれている)と、末子も感じていた。
末子自身も、職場で平静を装うのが(もう限界かな)と思っていた矢先だったので、(ハイ)と承知して、勤務先に近い(銀座茶房)で待ち合わせした。翌日は区役所に行く日だったので、その事も相談してみよう。などと考えながら、午後6時、指定された喫茶店に赴いた。上司はすでに来ていて、おう~という感じで、末子を手招きした。それから「飯でも食おう」と言う上司と、およそ2時間、ここ数ヶ月の出来事を要領よく説明し、併せて、最近の勤務不良を詫びた。
上司は、(ふ~ん)と言って腕を組み少し困った顔をした。部下の女性のプライバシーに立ち入ったことを後悔しているようでもあり、何とかしてやらなければならないが、さりとて、名案が浮かばない。と言った風情にも見えた。末子は、もともと、引っ込み思案な性格で、周囲に必要以上気を使うところはあるが、こんな時、容易く泣いたりしない強情な面も持っている。この時も、状況を淡々と説明したが、上司におもねる事もなく(何かをして欲しい)気振りも見せなかった。
よし、大体のことは分った。これからは遠慮なく僕に相談してくれ、離婚って大変なことだし、お子さんたちのこともあるので、万一の時は長期の休暇を取ってもいいから。と言ってくれて、その日は別れた。
翌日、子供たちを送り出し、10時から行われているらしい(無料法律相談)に行った。3人いる弁護士の中で、比較的若い男性の弁護士が順番で末子の担当になった。Kです。弁護士は名刺を差し出しながら「ご家庭のことのようですが、」と聞いてきた。前もって、相談の内容を書いて提出しておいたので、スムーズに話は進行した。(ハイ、主人が離婚したいって言うものですから)末子が答えると、K弁護士は、加納家の家族構成や夫の職業、性格、離婚したいと言う夫の言い分や、末子の気持ち、また、離婚止むなしとなった場合の末子の希望など、手際よく質問して、最後に、「じゃあご主人の不貞を裏付ける証拠は有るんですね」と聞いてきた。末子は、なるほどと思った。有利に交渉を進めるためには相手の不法行為を証拠付けそれを武器にするのだろう。
しかし末子は、夫や相手の女性に対し、手を振り上げて戦いを挑むつもりはなかった。もともと好戦的な人間ではない。何かをされても、仕返しする性格でもない末子は、目の前の法律家が異次元の人に見え(いいえ、そんなことまでは考えていません。ただ、いざ離婚ってことになった場合、家のことや、子供たちの養育費はどうなるのかなあ。と思いまして)と言って、K弁護士の顔をまじまじと見つめた。
「じゃあ相手の女性に、例えば、慰謝料を請求するなんてお気持ちもないんですね」弁護士に言われるもでもなく、末子や糸ちゃんは、漠然と考えていた。雅之の話によれば、その女性はお金持ちだと言う。それほど物欲の強い末子ではないが、「法治国家ですから、いくら悔しくても暴力的な行為は出来ません。お金って言うと何だか嫌らしく聞こえるかもしれませんが、結局、そういう形のペナルティを課して納得するしかないんです。」「ただし、加納さんのケースでは、せいぜい300万円位でしょう。ただ、相手の女性ばかりでなく、今後、ご主人との交渉にも動かぬ証拠はあったほうが良いでしょう」
弁護士の意見を聞きながら、穏やかな末子も次第に怒りがこみ上げてきた。夫のことは言語道断だが、相手の女性も加納に妻子がいることは百も承知だろう。(許せない)だんだんそんな心境になり、「もし、調査をしようとお思いならこの人に電話しなさい。」弁護士は、小さなメモ用紙に名前と東京都内の探偵事務所の電話番号を書いて渡してくれた。------