この日僕は宮城県の亘理という町に居た。数日前に入った新規の依頼案件で、少々変わった内容の調査だった。
依頼人は中年の婦人でその娘を同行して我が貧乏探偵事務所にやってきた。マルヒ(調査対象者)は、この娘の夫の父親である。
身内といってもいいような人を調査する理由はこうだった。
「先方のお父さんに私脅されているんです」
息子の嫁の母親を脅す?このご婦人少しいかれてるのかな。と思ったが勿論そんなことは言わず、僕は少し首をかしげてみせて相談者の次の言葉を待った。時々横から娘がフォローして、1時間余りかかって、ようやく依頼人の言わんとすることが分かった。
要するに、結婚式の時に遡って、その式次第や費用のこと、親族も同行した新婚旅行の顛末まで、両家の考え方がことごとく食い違ったらしい。新郎の実父と、新婦の母親が代表してまとめようとするうち、誤解が誤解を生んでバトルに発展したらしい。心労の余り寝こんだ母親を見かねて、この日嫌がる母親を連れて僕の事務所に来たものである。
では、探偵社に何をさせる考えなのか。母親曰く「あのお父さんは多分昔やくざだったと思う。この間も電話で怒鳴られたとき、俺はくさい飯も食ったことがある」と言っていたから警察の厄介にもなったはずだ。そんなことも含めてあの人の過去を調査して欲しい。と言うのが依頼人の最終目的らしい。
僕は、「調査して貴女の推測どおりの結果が出ない場合もありますよ。」と、念押しをしてこの内偵調査(基本的には聞き込みを重ねる調査)を引き受けた。
新幹線で仙台まで来て、常磐線に乗り換え9時頃亘理に着いた。マルヒの自宅周辺で聞き込みを行いマルヒの全体像が把握できた。
多少乱暴な面はあるが、面倒見の良い人で、町から区長(町内会長のようなもの)に推薦されていた。
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午後2時前、(まあこんなもので良いか)と思い調査を終え、帰路につくため亘理駅で電車を待っていたら、弁護士から電話があった。すぐ依頼人に連絡して、この日の面談となった。
約束どおり午後5時、依頼人の会社に着き、名刺交換の後面談に入った。
60歳ぐらいに見える依頼人の社長は、僕の推測したとおり数年前までサラリーマンだった。「このビルは父親のものだったのですが今は弟が引き継いでいます」と言って、自分の経歴を話始めた。
要約すると、私大のK大を卒業後、大手の総合商社に就職。「長男の僕は父の会社を継ぐ予定でしたが、少し他人の飯を食って来い」と言われて商社に入ったが、意外に向いていたらしく「44歳の時、仙台の支社長に成りました」と言った。育ちの良さか、そんな話しぶりも偉ぶった感じがせず終始笑みを絶やさず淡々と会話を続けた。
しかし、僕は、不謹慎だがまったく別のことを考えていた。
人の縁、地縁、を含めて、人間は思わぬ偶然が重なることがある。これまで全く行った事のない場所に1日何度も行く羽目になったり、通ったことのない道を、その日に限って何往復もする。1日に同じ人と違う場所で偶然会ったりする事もある。
へ~今仙台から帰ってきたばかりなのに。
僕は、この日を境に仙台に何度も行くことになり、この依頼人とも数年のお付き合いになった。----