カーネーションその6

電話を切って、そろそろ休もうかと思っていたらまた真理子から電話がかかってきた。

「すみません、彼が貴方と話がしたいって言ってるから代わるね」と言う。いや代わる必要はない。と言いかけたが、受話器の向こうはすでに男性の声に変わっていた。少しどすの利いた声で、「もしもし」と言っている。

真理子は何時もこうだ。自分勝手というほどではないが、思い込みが強く、空気の読めないことがしばしばである。今だってそうだ。長年付き合って夫婦同然の日々を送っている自分に対し、言ってみれば「浮気相手の男性」と電話で話をしろと言う。怒りがこみあげてきた。しかし、だからといって、顔も見えない相手に罵声を浴びせられるほど非常識ではないし、正直言って少し怖い気もした。いってみれば、相手から見れば、たとえこちらが不倫の関係であっても真理子の愛人であり、真理子が経営する花屋のオーナーである。

依頼人が少々立場のある人物で、非常に温厚な性格であることを、真理子の口から聞いて知っていたとしても、深夜、一緒に居る女性に電話をさせ、その愛人と代われと言うのだから、相当な自信家か、怖いもの知らずのただの世間知らずか、いずれにしてもまともに相手をするような男ではないと思えた。

こちらのそんな考えを知ってかしらずか、受話器の向こうでは一方的に話し始めている。「真理子と俺は近々結婚することになった。だからあんたもごちゃごちゃ言わんで別れてやれ」とか、「あんたは女房もいるんだからどこまでいっても真理子と結婚なんか出来ないだろう」等と居丈高に言っている。依頼人はかろうじて、「分かりました。しかし、私たちは十数年間交際し、彼女がやっている花屋は会社組織になっていて、形だけ彼女を社長にしているが、株式の大半は私の会社で持っている。」更に続けて、「真理子と貴方の結婚を認めたとしても、彼女が幸せになるという保証が欲しい。ということは、貴方のことが知りたいと思うのは当然でしょう」と言ってみた。

受話器の向こうで「うるせー」とか、「馬鹿野郎」と言う捨て台詞の後、一方的に電話が切れた。

翌日、久しぶりに出社し、部下の報告や留守中の出来事等を聞いたあと、大急ぎで真理子のいる花屋に行った。2週間ぶりに会う真理子は気のせいか全体に華やいだ印象で、肌つやも輝いているように感じた。対する真理子は何事も無かったように、依頼人を見てにっと笑った。-------