カーネーションその19

病院のハシゴは初めての経験である。もとより丈夫な僕だが決して慢心せず、妻から、「貴方は本当に病院と薬が好きね~」と言われるぐらい、ちょっとでも気になることがあれば病院に飛んで行き、貰った薬は絶対に忘れることなくきちんと飲む。



というわけで、昨日に続き今日は地元阿佐ヶ谷の河北総合病院(通称、死に来た病院~失礼)の待合室に居る。3時間かけて、再検査の予約をした。7月19日(木曜日)直腸を内視鏡で見る。らしい。同月21日(土曜日)CTで膵臓の検査。同31日(火曜日)結果発表。



Dr建石(女医)曰く、「1年前にも指摘されており、何でもないのだから心配は無いと思いますが念のために。」とおっしゃる。もし、膵臓癌なら1年経過したら大変なことになっている。らしい。しかし、少々気になることもある。昨日、女子医大で「糖も出ていないし、他もまあまあの数字」と言われたのに、Dr建石は「糖尿病です」と断言する。僕が、女子医大では2ヶ月に1度検査しているが今まで一度もそんなことを言われたことは無い。と反論したら、「その医者によって見解が違う」と言う。確かに、毎年僅かではあるが数値が上がっていることは間違いないし、母や姉が糖尿病を患っていたこともあり家系的にそうなのかなって、あっさり納得した。僕は優等生の患者である。



カーネーションその19



万策尽きた。っていう感じで依頼人と会った。何時ものように柔和な表情を崩さず僕の報告を聞いている。時おり「ああ、そうですか」と言うばかりで、今日は目新しい意見は言わない。その代わり「この間、妻と正式に離婚が成立しまして」などと言う。



本来ならば、晴れて真理子を妻に迎えることの出来る環境になったわけだ。(かわいそうに)と思ったが、勿論口に出して言うことではない。少し目を伏せて聞いていた。その後も、真理子とは依頼人の会社で会っているという。なぜならば、依頼人の会社の税理士が真理子の「花ひろば」の経理も見ているからである。大半の株式は依頼人及び依頼人の会社が持っている。法人登記上の代表が真理子であるが、株主の権限で真理子の首を挿げ替える事は容易い。



(いっそのこと真理子さんを退任させて、ほっぽり出してやったら如何ですか)と言ってみた。依頼人には出来ない芸当であることを承知の上である。案の定、依頼人は僕の発言をいぶかしげに聞き流し、「お宅の報告書を真理子に見せてもいいですか」と聞いてくる。

真理子に見せるということは、主たる被調査人である山本の知るところになって、探偵社としては好ましいことではない。僕は(それは構いませんが、今後の調査は出来ませんよ)と言って、一応承諾した。



意外とまでは言わないが、これだけ長い期間尾行したにもかかわらず、マルヒはもとより真理子も調査に全く気づいていない。稀に極めて鈍いマルヒも居る。余談だが、奥さんに頼まれ夫を数年間尾行したことがある。しかし、その夫はまるで気づかずその後、依頼人となって事務所に現れる羽目になった。夫の会社でトラブルが発生し、妻に(どこかいい探偵社を知らないか)と持ちかけられ、「いいでしょうか」ということになって、かっての依頼人である妻に伴われ来所した。僕自身は彼を尾行したことは無いので平気だったが、関わった調査員たちはその時刻、くもの子を散らすように事務所から逃げ出した。



報告書を見せられた真理子がどんな反応を示すか。少なからず興味もあって、報告書の一部を真理子に見せる。という依頼人と別れ、軽い疲労感を覚えながら帰路に着いた。―――――