毎月の支払いが滞うり始め、自分が使いたい時に車が無い。貴方のBMWは何時来るの?などと暢気な質問をする真理子に、山本も苛立ち最初は怒鳴るだけだったが、
次第にエスカレートし、遂に暴力を振るうようになった。
或る日、たまたまゴルフコンペの場所が二人が住むマンションの延長線上にあったため、帰りに立ち寄ってみた。こんなことは滅多に無いが、気が向けば現場に行くことも時々はある。夕方6時頃、まず店に行って見ると定休日の張り紙が出ていた。あぁそうだったかと思いマンションに回ってみると真理子のBMWがある。(部屋にいるな)と思いエレベーターで7階に上がる。二人の部屋はエレベーターを降りるとすぐのところにあったが、部屋番号を確認するまでもなく山本の怒鳴り声で知らされた。真理子の泣き声に犬の吠える声が重なる。世田谷の実家付近での聞き込み調査で、(犬は嫌いなはず)の山本のこと、さらに苛立って何かを投げつける音も聞こえた。
それから数ヶ月経ったが真理子が音を上げた様子もなく依頼人からも特別な話は聞かれなかった。やや天然な面はあるが(我慢強い)一面もあるらしく、ましてやこっぴどく裏切った依頼人のところに泣き言も言って来れないんだろう。と思っていた僕だが、新しい年を迎えて間もない頃、依頼人から「早急に会いたい」という連絡を受けた。例によって、夕方から麻雀荘でゲームに興じていた僕は、(折角調子が上向いてきたのにしょうがないなあ)と思いながらも、銀座から新宿に向かっているという依頼人と、歌舞伎町の喫茶店で待ち合わせをした。
何か大きな変化でもあったのかと思い会ってみると、依頼人は嬉しそうな顔で「真理子が借金を申し込んできました」と言う。(いくらですか)と聞くと、依頼人はこともなげに「1千万円です」とこたえる。(ずいぶん大金ですね)と言うと、依頼人が説明し始めた。「真理子曰く、貴方の言うとおり山本はとんでもない人だった。私は目が覚めた。ついては、山本のために出来た負債の整理と、手切れ金でそれだけ必要なの」と言っているらしい。随分虫のいい奴だな。と思ったが勿論口には出さない。さらに、依頼人は「じつはこれまでも言われるままにその都度渡してきましたが、今度は彼と別れてくれるって言うものですから」と言う。
天然の真理子は、悪びれる様子もなく(貴方とやり直したい)と言っているらしい。依頼人は「しょうがない人ですよね」などと、嬉しそうに言い「どうしたものでしょうか」と僕に聞く。僕は考えた。依頼人にとって、1千万円は僕の100万円ほどの価値だろう。(分かりました。じゃあ社長がお金を渡した後、真理子さんがどんな行動をとるのか見てみましょう。それと、差し出がましいんですが、山本が離婚届けを書いたことの確認をなさったらいかがですか)と、アドバイスし、お金を渡す日時の打ち合わせをして、「じゃあ何処かへ飲みに行きましょう」と言う依頼人と歌舞伎町の街に出た。
これが本件の依頼人と会った最後になった。
その後の推移は、予定通り真理子に1千万円渡し、僕のほうはその後の行動をチェックすると共に、数日後、二人の離婚が成立している事実も確認した。離婚して一人暮らしを始めている依頼人の部屋に真理子が引越しをする。ということを依頼人から聞き、(大丈夫かな)と、若干危惧を抱きながら(何かあったらご相談下さい)と言って、電話を切り、(とうとう終わったか)と、1年以上続いた調査の終了を、特別な感慨をもって、気持ちの整理をつけたものだった。
根雪が溶け東北地方に春が訪れたころ、朝刊を読む僕は(中年男女の自殺体が発見される)という小さな記事に目が止まった。記事によれば、仙台に近い「鳴子温泉」のはずれの山中で、青酸カリを飲んで死亡していたらしい。新聞で、所轄署が(心中)と判断したと発表していた。
昨日も今日も本当に暑い。それなのに、明日水曜日ゴルフの予定。場所は、中山競馬所湯に近い「鎌ヶ谷カントリー」暑さに強い僕だが、最近はそうでもなくなった。歳のせい?否。まだまだ男盛りーーーーーーーン。