数日して、また依頼人と会った。「真理子が彼のお母さんと会って、宜しくお願いしますと言われたらしく喜んでいました」と言う。その後も、依頼人と真理子は花ひろばの経営のこと等で、しばしば会っており、そのときのやりとりである。依然として、「私たちはまだ男女の関係ではない」真理子はそのように言い張っているらしい。
バランスが悪い。というか、真理子は依頼人のことを心底馬鹿にしているのか、極めつけの(天然)か。そんなことを言いながらマルヒとの関係は確実に進行し、真理子の両親も大賛成で、7月7日七夕の日に婚姻届を提出する約束であるらしい。依頼人の求めに応じ、再度マルヒの戸籍謄本を入手してみた。相変わらず韓国人女性が(妻)として記載され、その子供との養子縁組もそのままである。僕は、マルヒ。すなわち山本の考えは分かっていた。マルヒは、真理子との結婚にあたり妻子の承諾を得る必要は無い。と思っているのだろう。
どうせ外国人だから、勝手に離婚や離縁の届けを出しても苦情等言えないはずだ。おそらく、妻子はすでに永住権を得ているに違いない。それならば、何かと言うと借金取りが訪ねてくるような男と縁が切れれば儲けもの。ぐらいに思っているかもしれない。実際に、妻の素行調査もしてみたところ、別の男性と生活していた。マルヒはとっくに捨てられていたのだ。
真理子や、マルヒの生活は変わりなく続き、毎日きちんとした身なりで外出し、8時間もの間、車の中で漫画雑誌を読むだけの(社長業)をこなし、夕刻、真理子の店に帰り、真理子が可愛がっているペットの散歩をしたり、店じまいの手伝いをする様子は、(仲の良い夫婦)の日常である。この頃になると、調査員も僕も本件の調査に飽いてきた。毎日が同じことの繰り返しである。依頼人は、会うたびに調査料を払ってくれるが、なんだか申し訳ないような気持ちにもなるし、達成感の無い業務の遂行に疲労感すら覚える。
僕は、依頼人に対し何度か(調査はもう止めましょう)と提言するのだが、その都度「そうですね」と言うものの、依頼人は帰り際に調査の継続を指示する。この頃は、依頼人の会社に行くことは無く、夕刻、何処かで食事をしながらの会談になっていた。食べながら飲みながら、ある時は本件とは全く関係のない話題で盛り上がることもあった。僕は、ほとんど自分のことには触れないようにしているが、依頼人は何でも話してくれて、彼の人となりがすっかり分かった。毎回のように「僕は花が好きでしてね~特に母の日が待ちどうしいんです。ちっちゃな子が、(ママにあげるんだ)と言って買いに来る。家に配達に行くこともあるんですが、いろんな場面に遭遇するんです。」などと、感慨深げに話すこともある。真理子は、こんな依頼人の何処が嫌いになったのか。と言うより、マルヒの何処に惹かれたのか。男と女の関係の奥深さは、当事者でなければ分からないものであろう。僕は、自分自身のそれと重ね、依頼人と別れた後はいつも出口の無い深い悩みに苛まれた。--------