カーネーションその21

僕から見れば依頼人は別世界の人である。俗に言う「生まれた時からいい星の下」で、幼少期より何不自由無く成長し、その後の経歴も、僕のような野良犬みたいな人間とは大きく異なり、社会的な信用や周囲の評価も申し分ないはずである。しかし今、自分が金で雇った野良犬探偵に説教まがいに諭されている。きっと忸怩たる思いで聴いているに違いない。

ようやくお猪口を口に持っていった依頼人が思わぬことを言った。「僕は今でも真理子があの男を愛しているとは思えない。何かの間違いじゃあないかと思います。だから、今後も時々、二人の状況を観察して貰いたいのです。」これほどこっぴどく裏切られ、無視され、プライドもずたずたに踏み潰されたのに、僕は、(えっ)という思いで依頼人を見なおした。依頼人は何時もの柔和な表情に戻って、「貴方は僕のことを情けない男だと思っているでしょうね。でも、どうしても真理子のことを諦められないのです。」と言う。

僕は、(いや、素晴らしいことだと思います。)とだけ言って、今後、指示があれば何時でも調査をさせていただくこと、依頼人がそのように思っていることを、さりげなく真理子に伝える方法等打ち合わせて、ちょっとクラブにでも行きましょうという依頼人の好意を、やんわり断ってこの日は別れた。ーーーーーーーーー



僕は本籍地が九州であることを妙に誇りに思っている。また、幼少期より育った山口県の漁師町が大好きだ。ところが、大変な「男尊女卑」の土地柄で、何かと言えば、「男のくせに」といって、男を誇示する風習の中で成長した僕は、成人してからもその(悪癖)が抜けず、得もしたし損もした。片意地を張ったり、見栄も張った。特に女性関係では、素直になれず、今思えば大いに損をした。今となっては、もうそんな場面も無いだろうが、本件の依頼人は、そういう観点から(素晴らしい人)と思えたのである。

今日は金曜日、たいした仕事もしていないのに、明日が土曜日と思うと何故かほっとする。今日は、僕の事務所から一番最初に独立したS君や、協同組合のメンバーA君から誘われて飲む予定である。みんな不景気で暇なものだから愚痴でも言い合おうということらしい。(笑)