調査はそれからも継続され、さらに2週間経過した。僕は、ひと区切りつける意味もあって、およそ1ヶ月に及ぶ張込尾行調査と、山本の身元に関する報告書を持って依頼人を訪問した。或る日の午後4時、何時もの応接室に通され、すぐに依頼人も部屋に入ってきた。
依頼人と向かい合ったが、すぐには報告書を渡さず概略を話し、簡単なやり取りの後、(ちょっと長い報告書になりましたので後でゆっくりご覧下さい)と言って、350ページに及ぶ冊子を差し出した。依頼人は、数ページをパラパラと見た後、「すごいですね~」と言いながら、柔和な表情で僕を見て微笑んだ。
ここに至って、山本の実態が真理子の言うそれと大きく違っていることを理解したようで、「この事実をどうやって真理子に知らしめたら良いんでしょうね」とか、「真理子がそれでも良いと言うんなら仕方ないんですが、私としては、身内同然の人ですから、彼女が不幸になるのを黙ってみているわけにもいかないような気持ちなのです」と言う。
依頼人の心境は僕にも十分理解できた。14年という歳月は決して短くない。倫ならぬものではあっても愛し合って今日まで来た間柄である。その相手が、自分を裏切る形で去ってゆこうとしていたとしても、依頼人に言わせれば「相手の男性が悪すぎる」ということになり、このまま看過できない。のであろう。
読者の方、特に女性から見れば、何と女々しい男か。と思うかもしれない。一説によれば、このような場合、女性は一旦気持ちを決めればきれいさっぱり忘れることが出来るけど、男のほうが何時までもぐずぐずするらしい。本件もそうだ。例え、長年愛情をかけた女性だとしても(貴方よりうんと良い人よ)と言われ、調べてみれば、毎日ホテルに行き、こともあろうに、依頼人の出資で経営している店に出入りさせ、まるで、長年連れ添った夫婦同然に暮らしている。依頼人でなくとも(狂っている)と思はざるを得ない。僕なら(あんまり馬鹿にするんじゃないよ)と言って、切り捨てるだろうか。答は「否」である。
依頼人は、そんなことはない。そんな女性ではない。間違っても自分が真理子に嫌われた。なんて思えないのではないか。そんなことを考えていたら、依頼人がぼそりと言った。「笑われるかもしれませんが、真理子はセックスが余り好きではないのです」「先日会ったときも、彼とはまだそんな関係じゃないって言ってました」提出した報告書には、朝二人がホテルから出て来る写真も大量に添付してある。中には、真理子が男性にぶら下がるように腕を絡めたものもあれば、エレベーターの前でキスをする場面も撮影してある。
悄然と座って報告書の表紙に目を落としている依頼人を見て、僕は胸を塞がれ、居たたまれなくなった。
商社マンとして海外を飛び回り、優秀な業績をあげ将来の重役候補だった人物が、一人の女性の心変わりに打ちのめされ、まさに、出口の見えない無限地獄に陥されている。
そんなやりきれない空気を拭い去るように、次に依頼人が言った言葉は、「真理子は昔から言い出したらきかないところがありました。ですから、今後も調査を続けて下さい。」というものだった。
マルヒこと山本は、毎日、知らない人が見たらどこかの大企業の重役と見間違うようなバリっとした出で立ちで外出。(勿論他人名義のオンボロ中古車で)公園横の道や大型スーパーの駐車場に停車し、コンビニで購入した数冊の漫画雑誌を読みふける日々を送った。この間、友人や知人と会うとか、会社を訪問する等一切無い。ただ、3日にあげず実家には行った。そんな或る日のこと、実家から90歳になる母親を伴い車に乗せ、近くの信用金庫に入った。調査員が客を装って店に入って観察していると、老母は定期預金の解約をしているという。
その後、300万円ほどの現金を渡されたマルヒは、上機嫌で母親を実家に送り届け午後5時半、真理子の元に戻った。---------
ふーてんの寅さんではないが、「男って辛いものだ」女性のように(失礼)泣いて誤魔化せば良い、ところ構わず泣いて見せることで、対外のことは解決するように思う。そして、大昔から(女を泣かすような男は最低だ)とも言われている。だけど、男だって泣きたい時は山のようにある。しかし、男は滅多に泣かないし、泣けない。だから僕はベッドで泣く(笑)
今日は、僕の大嫌いな雨。女房殿は友達と食事をするらしい「だから貴方は何処かで適当にね」と言われているから、夕食は一人で淋しく済ませることになる。だけど、僕は泣かない。その眞逆で、大いに羽を伸ばす覚悟である。あ~ぁガールフレンドが欲しいなあ。